フェルナンド・アロンソのパワーユニットに異変が起きたのは、土曜の予選アタックラップに入り、最終第3セクターへ差し掛かろうかというところだった。

「フェルナンド、マシンを止めてくれ」

 突然の冷却水温の上昇を見て取ったホンダのエンジニアから、無線で指示が飛んだ。

 前日の金曜フリー走行でも同じように、アロンソはパワーユニットのトラブルに見舞われ、クルマを止めてコース脇にたたずむことになっていた。2日連続となるこの日はマーシャルの椅子に座り、日光浴をするような姿をカメラに見せ、いかにも今季のマクラーレン・ホンダを象徴するようなコミカルな姿を披露した。その様子は、その後さまざまな画像加工がファンによって施され、SNS上で大いに話題となった。

 さらには、ふたり揃ってQ1敗退(※)となったジェンソン・バトンとともに、インタビューエリアの脇にある表彰台に忍び込んでポーズを取る、という一幕もあった。

※予選はQ1〜Q3まであり、Q2に残るのは上位15台、Q3は上位10台。

「30分ほどいい天気を楽しんだけど、(最終戦の)アブダビでもこんなことになるんだったら、携帯電話や日焼け止めも用意しておかないとね(笑)。ここ(表彰台裏のインタビューエリア)に来る途中で1メートル先に表彰台があったから、ジェンソンとふたりで見合って、『今年、僕らがこれ以上に表彰台に近づくことはないよね』と言って写真を撮りにいったんだ(笑)」

 偉大なワールドチャンピオン経験者ふたりをこのような状況に追い込んでいることに対し、マクラーレン・ホンダには世間から極めて厳しい目が向けられている。

「18戦目になってもまだトラブルが出るような現状を、どう考えているのか?」

 ホンダの新井康久F1総責任者に対し、非難に近い厳しい質問を投げかけた英国人記者もいた。

 しかし、ドライバーはふたりとも、今年はもう車体的にもパワーユニット的にも苦境を脱することができないことはわかっている。

 ロシアGPで投入したスペック4は、ICE(内燃機関エンジン)本体の出力アップに成功した。ただ、「MGU-H(※)からのエネルギー回生が足りない」という最大の問題を解決するには、大がかりな設計変更が必要であり、今の開発規制下では今シーズン中の対応はできない。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 また、車体には毎レース、細かなアップデートが投入されているものの、空気抵抗が大きく曲がっていかない車体の基本特性は、いかんともし難(がた)い。ブラジルに持ち込まれた新しいフロントウイングのフラップもフリー走行で試したが、結局、実戦での採用には至らなかった。

 コースの1周が短く、ディプロイメント(エネルギー回生)切れの症状が出ないインテルラゴス・サーキットでさえ、非力なルノー勢にも大きな差をつけられた。それを考えれば、コーナーの立ち上がりでトラクションが不足してスロットルが踏めないことと、コーナーを速く走るためのダウンフォースを得ることで空気抵抗を増やしていることが、最高速の伸びない大きな"足かせ"になっていることは明らかだった。

「自分たちの弱点がどこにあるのか、どんなアクションを取るべきなのか、来年に向けた僕らの計画は極めて理論的で、間違っていないと思う。だから僕は、今でも希望を持っている」

 アロンソはあの"日光浴"の後でさえそう語り、一方のバトンも、「来週の火曜日にはファクトリーを訪れ、自分たちがどんな場所にいるのか、来季に向けてどうなるのか、しっかりとミーティングをするんだ」と前向きな姿勢を見せている。今季の後半戦が、来季に向けた実戦テストのような位置づけになってしまうことは、ずいぶん前からすでに受け入れているようだ。

「厳しい状況に直面している今の僕らにはどうすることもできないし、時にはこうした(日光浴)ユーモアも必要だよ」

 アロンソはそう言って、笑い飛ばした。

 しかし、ホンダにとっては笑い事ではなかった――。

 なぜならば、ブラジルで起きた2度のパワーユニットのトラブルは、これまでに起きたものとは明らかに性格の異なるものだったからだ。

 これまでのリタイアや、パワーユニット交換の原因となっていたのは、センサーやハーネス(配線)の不具合でパワーユニットが正常に作動させられない、という類(たぐい)のものだった。つまり、パワーユニット本体が物理的に壊れたわけではなかった。アメリカGPではハーネスの接触不良によるミスファイヤ、メキシコGPでは回転計センサーの故障によるMGU-Hのストップ......といったように。

 しかし、今回のトラブルはいずれもパワーユニット内部が物理的に壊れたものだ。周辺部品の小さな不具合ではなく、いわば、"本丸の屋台骨"が崩れたようなもので、ホンダのエンジニアたちにとっては、まさに青天の霹靂(へきれき)というべき事態だった。

 金曜のトラブルは、アメリカGP終盤のミスファイヤによって燃焼室内にダメージを負っていたことが原因ではないかと推測され、土曜のトラブルはエンジン内部のある社外製パーツの破損が原因だろうと推測されている。

 新井総責任者は厳しい表情で言う。

「今回のトラブルに関しては、今までに起きていないことが起きています。(設計自体に)弱いところがある可能性も捨て切れませんが、そのパーツのロット固有の製造品質の問題ではないかとみています。想定外のことが起きるということは、自分たちの実力がまだまだ足りていないということです」

 いまだにトラブルが出ていることについて、ホンダに対して厳しい見方をする目があることは前述したとおり。ましてやブラジルでは、これまでとは種類の異なるトラブルが起き、ホンダはさらに信頼性向上のための体制強化を迫られることになる。

「スペック4は出力を上げることに注力して開発してきたわけですが、パフォーマンスの向上はちゃんと実感できています。それと関係したところにトラブルが起きているわけでもありません。しかし、出力を上げながら信頼性も上げるという"二兎"を追っているわけで、その難しい作業を2年間やってきた他メーカーにはまだ追い付けていない、というのが実感です。この厳しい経験をきちんと踏み台にしなければ、『追い付け追い越せ』なんていうことは言えません」

 今回の出来事はショック療法のように、改めてホンダを引き締め直すキッカケになるかもしれない。実戦テストのごとき戦いを強いられてきた今シーズン後半戦も、すでに終わりを迎えようとしている。こうした大きなトラブルが、来年を迎えてからではなく、今のうちに出し尽くせたことは、前向きにとらえるべきかもしれない。

 次は最終戦アブダビGP。厳しかったマクラーレン・ホンダ1年目のシーズンも、いよいよ終わりを迎えようとしている。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki