「今日の試合について、話すことはそれほどないよ。第3セットのひとつのポイント......ブレークポイントを逃した、あれがすべてだった」

 憮然とした表情と口調でトマーシュ・ベルディヒ(チェコ)は吐き出すと、他について語ろうとしなかった。錦織圭に力負けした第1セットも、圧巻のプレーで巻き返した第2セットも、彼にとっては、もはや大した意味を持たないようだ。

「あの場面での僕はいいラリーをしていた。最後の打ち合いでも、決めに行くために良いポジショニングもできていた。なのに、ミスをした。次のゲームでは圭がブレークした。それでおしまいだ」

 ベルディヒが「すべてだった」と言うポイントは、第3セットのゲームカウント3−3で迎えた第7ゲーム。ボレーがネットに掛かって錦織のコートに落ちるラッキーショットもあり、ベルディヒが手にしたブレークポイント。攻めるベルディヒに、守勢に回される錦織......。しかしこの場面で、錦織いわく、「目をつぶって思い切り打った」フォアのストレートが鋭く刺さり、ベルディヒの返球はネットに掛かる。

 九死に一生を得た錦織は最大の危機を切り抜けると、次のリターンゲームでは気落ちしたベルディヒのダブルフォールトに乗じて反撃に出る。手にしたブレークポイントでは、左右に振られても必死に食らいつき、スライスや中ロブなどあらゆる手を尽くして猛攻をしのぎにしのいで、最後は相手のミスを誘った。

 ベルディヒはブレークポイントで、ミスして自滅への坂道を転がり出した。対する錦織は勝利への執念を見せ、石にかじりつきブレークに成功する。それぞれが手にしたブレークポイントでの対照的な姿こそが、そのまま勝者と敗者を分けた。

 大切な場面でポイントを獲り切ること――。それはここ数ヶ月間、錦織が抱き続けていた課題だった。

「どこかモヤモヤしていて......。大切な場面でポイントが獲れていないことが、心に引っ掛かっていた」

 初戦敗退を喫した9月の全米オープン後の心理を、錦織は素直に口にする。2週間前のパリ・マスターズの3回戦では、7本のブレークポイントを1度もモノにできずに敗れた。その前の上海マスターズでも、セットポイントで消極的になり悔いを残した。錦織クラスの選手ですら、実績と自信の欠如はプレーに直結する。「モヤモヤ」の根源はそこにあった。

 この日の試合でも第2セットは、"モヤ"がふたたび錦織の会心のプレーを覆った。

 第1セットの錦織は、恐らくはここ数ヶ月で最高のプレーを見せた。対戦相手のベルディヒが過去3勝1敗と得意にする選手であることも、好プレーの要因だろうか。

「サーブを獲るのは大変だけれど、ストローク戦では、パワーはあるけれど何かしらできる相手」

 そのような思いは、皆が「遅い」と口を揃える今大会のサーフェスで戦ったとき、自信へと昇華する。得意のフォアでは、鋭角のクロスを効果的に用い、相手をコートから追い出してストレートに強打を叩き込んだ。ドロップショットで相手を前につり出し、ロブで196センチの頭上を抜く場面も幾度か見られた。ボールに身体ごとぶつかるように打ち込む強打で、奪ったウイナーは17本。軽やかに躍動する、強い錦織の姿だった。

 第2セットも、最初のゲームをいきなりブレーク。5ゲーム連取で、流れは完全に錦織である。ところが第4ゲームをダブルフォールトで落としたことで、流れは180度、反転した。ベルディヒの強打がことごとくコーナーをとらえ始め、今度は相手が5ゲーム連取。

「本当に、こんなに急に変わるんだな......と思うほどに流れが変わった」

 変わった流れのなかで、反撃の機を掴めぬまま落とした第2セット。それでも彼は、「自分のミスのせいでもあった」と、どこか冷静だったようだ。「もう一度、第1セットのように攻めていこう」「ミスを減らし、安定感も高めていこう」と言い聞かせて臨んだファイナルセットは、調子を上げたベルディヒと五分に組み合った。

 そうして、冒頭に触れたターニングポイントが、セット終盤に訪れる。分岐点を制して迎えたマッチポイントでは、相手の強打をスライスで流し込むようにストレートに返し、繊細なウイナーを決めてみせる。その瞬間、彼は天を仰ぎ、握りしめた拳を3度、頭上で力強く振りかざした。

「欲を言えば、まだ数ポイント(ブレークポイントを)獲りたかったけれど、大事なブレークポイントをセーブできたし、3回ブレークできた。なかなかブレークできそうでできない試合が多かったので、自分のテニスを取り戻していくキッカケになると思う」

 この勝利を......あるいは、ここ数ヶ月の流れの転換期にもなりえるカギを、錦織はそう振り返った。

 第1セット終盤から第2セット序盤の勢いそのままに、会心のプレーで圧勝する錦織を見てみたかったようにも思う。だが、結果的に、競った苦しい試合を勝ち抜いたことは、「心に引っ掛かっていた」迷いを振り落とすためには、むしろ良かったのではとも感じる。

 この勝利で、リーグ戦の成績は1勝1敗に。迷いを振りきった先で戦う相手が敬愛するロジャー・フェデラー(スイス)とは、今大会の流れはなかなかに粋だ。

「今でもフェデラーと対戦するときは、初めて対戦したときのような感覚がある。ツアーのなかで一番好きな選手なので、その選手と対戦し、最近では勝つ気持ちも持てている。どれだけ彼に通用するのか、試せる点が楽しみ」

 錦織が胸を高鳴らせる。

「16〜17歳の圭と初めて練習したときから、彼は素晴らしい選手になると思っていた。実際に今、彼はここにいる。世界最高の選手のひとり、としてね」

 フェデラーはそう回想した。

 選手同士が心待ちにする対戦は間違いなく、すべてのテニスファンにとっても、楽しみな一戦となる。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki