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●どうせなら最前線
どうせ働くなら被災地のためになる仕事がしたい、真実をこの目で見たいと、福島第一原子力発電所=通称"1F(いちえふ)"で働くことにした竜田一人さん。"1F"で働くということ、漫画『いちえふ』の反応や、原発作業員であり漫画家でもある竜田さんのこれからのことも聞きました。

○この目で見たいという好奇心

――働き出すと「なんか普通じゃん」と思うようになり、恐怖や警戒心も薄れていったようですね

慣れちゃうってあまりいいことではないんですけど、そんなに怖いところじゃないんだなって自然と思うようになりました。行く前から、あの程度の放射線量なら心配するほどじゃないというのはわかっていましたけど、周りに心配しすぎる人がいたので、一応は警戒していた。でも行ってみたら地元の人たちが普通に暮らしていて、みんな普通に働いていた。不安はすぐになくなりましたよ。

――現場を知るうちに、放射線量がより高い最前線の現場に行きたいという気持ちが大きくなっていったということですが、希望者はどのぐらいいるんでしょう

さすがに多くはないです(笑)。みんなが希望しない理由は、放射線量が高いとそれだけ"1F"で働ける日数が短くなってしまうというのが一番。あとはやっぱり、ちょっと怖いというのもあるでしょうし。そこそこの線量のところで長く働いたほうが、トータルでは稼げる。僕は半分好奇心で"1F"に行ったものですから、どうせなら最前線を見たいと最初から思っていました。

――深夜に出発して早朝に帰宅する仕事があることも興味深かったです。バラバラの生活リズムに臨機応変に対応できる人のほうがよさそうですね

きっちりした性格の人は向かないかもしれないですね。元自衛官の人は大丈夫そうでしたし、夜勤に慣れている人がいいと思います。たまにいたんですが、あまりに心配性の人も向いていないんじゃないかな。チームワークが重要視されるので、自分勝手にならない、協調性を持っていることも大事。それはどこの職場でも同じですよね。

――仕事以外で辛かったことはありましたか

最初の関連会社で働いた時、寮に人が増えすぎたときはしんどかったですね。でも数人でアパートに越してからは、あまり不愉快なことはなかったです。不便なことというと、携帯の電波! 1Fの中は携帯の電波がそもそも入りにくいんですよ。『いちえふ』にも描きましたが、auの電波が一番入る。それ以外の電波は入りにくいので、改善されたら嬉しいですよね。職場環境が整っていることはこれから来る人にとっても大事ですから。

○見たままを描く。見ていないものは描けない

――ここからは漫画『いちえふ』のお話をお聞きします。最初に描いてみた時、これはヒットするだろうという確信はありましたか

いえ、自分ではまったくわからなかったですね。"1F"の中を描いた漫画なんて今までないので、持ち込めばどこか買ってくれるだろう、載ったら話題にはなるだろうなとは思いましたが、面白いかはわからなかった。面白いかって言ったら、むしろつまんないですよねこれ。だってなんのドラマもないから。

――確かに事故などもなく、竜田さんの毎日の仕事の様子や感想が描かれている漫画ですからね

見たことだけを描くように心がけているんです。見ていないことは描かない。誰かの代弁をするようなこともしないようにする。これはあくまで僕の体験記だということです。

●「正体はわかってるぞ」という電話も
○見たことのない角度からは書けない

――まるで撮影やスケッチしていたかのように、"1F"内の風景が細かく描写されているのも印象的です

現場によってはメモすら持って行けない場所もありますし、防護服はポケットも何もないですから、覚えている中で描くしかないんです。メモといったら、その日の被ばく量を計ったレシートだけ。実際に見ていても絵に描けるかどうかは別問題だし、かといってうろ覚えで適当に描くのもよくない。たとえばみなさんもよく見る壊れた建屋の写真。担当さんに「同じアングルばかりでつまらないから別の角度から描いてくださいよ」って言われるんだけど、「そこからは見れないので描けないです」としか言えない。

(担当編集S氏)「記録の漫画なので、『○年○月の時点で建屋はどうなってたか』をしっかり描かないといけないんです。たまにほかの漫画家さんに『どうしていつもこの角度からなんですか』って聞かれましたよ。『そっちの角度からは見れないんですよ』と答えたら納得されますけどね」

「演出がヘタな漫画家だな」って思われてるかも(笑)。

――そこが逆にリアリティありますよね。「この通路から見る月が美しい」なんていう描写は、まさに現場にいた人にしかわからない風景だなと思いました

2号機と3号機の間の通路で、真正面に見える月がすごく綺麗だったんですよね。その頃はもう「この体験を漫画にするかもしれない」という思いがあったので、細かいところもよく見るようにしていました。

――ということは、漫画にしようと考え始めたのは働いている途中から?

もともと漫画家だったので、最初からその気がなかったというと嘘になります。でもマンガが目的で行ったわけじゃない。最初は「漫画にしたら面白いだろうな」ぐらいにしか思ってませんでした。ちゃんと描き始めたのは半年の"1F"での仕事を終えて、完全に関東の自宅に帰ってからでした。

○みんなで早く片付けて、喜んでもらえたら

――『いちえふ』を「モーニング」に発表したことでどんな反応がありましたか?

(編集S氏)「一度知らない人から『竜田一人の正体はわかってるぞ』という電話がかかってきたぐらいですかね。でも別に悪いことをしているわけじゃないし、その後なにもない。ほかの編集部員が『外歩くとき気をつけろよ』なんて脅かしてきましたけど、それは考えすぎやろって思いました(笑)」

――『いちえふ』を読んでいると、担当編集さんがどっしり構えてくれてるなという印象があります

(編集S氏)「周りからなにか言われることよりも、作家さんに原稿を落とされることのほうが編集としてはずっと怖いので(笑)。それ以外のことはどうということはないです。一時期は福島で働きつつ原稿を描いてもらっていたので、2日前までは『大丈夫です』なんて言ってたのが、『急に("1F"での)仕事が入って描けなくなった』なんて言われたり。あとは竜田さんの車の運転も心配でした。昼夜逆転だったし、いつか事故を起こすんじゃないかという不安もありましたね」

確かに毎日、高速で片道1時間の道を自動車通勤してましたからね。今は国道6号線が通れるようになって、工事用の車がいっぱい走ってるんです。こないだも事故があってしばらく通行止めになっていたので、みなさん交通安全でお願いします!(笑)

――体験したことはほとんど描いてしまったということで、『いちえふ』はいったんお休みになります。また"1F"に行くのですか?

そのつもりです。とはいえ現場を離れて1年近くたっているので、作業員気分も抜けちゃってはいるんです。『いちえふ』はこれで完結というわけではないので、また新しいネタがあったら描くかもしれません。

――"1F"という職場に興味を持った人に言いたいことがあれば

もしも興味があるなら、普通の職場として働きに行ってみればいいと思います。ただし働いた分の日当をもらう形なので、行ってもしばらく待機しかできず収入がない可能性がある。1カ月分ぐらいの生活費はあったほうがいいですが、寮や宿舎がある会社なら最初だけ前借りできればなんとかなるかな(笑)。なにより福島は人が温かくて、食べ物もおいしくて、本当にいいところ。みんなで早く片付けて、結果的に地元の人にも喜んでもらえたら嬉しいかな。

『いちえふ』(竜田一人/講談社)
「メディアが報じない福島第一原発とそこで働く作業員の日常」、そして「この先何十年かかるともしれない廃炉作業の現実」を、あくまでも作業員の立場から描写。「この職場を福島の大地から消し去るその日まで」働き続ける作業員たちの日々を記録した「労働記」。

(大曲智子)