日本はアジアの中では“強国”であることを理解しつつあるハリルホジッチ監督。少しぼやけていた戦術眼も、ピントが合ってきたに違いない。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

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――今回は、シンガポール戦を戦術面から振り返っていただこうと思います。まず、試合を通しての印象は?
 
河治「これまでに比べて、迷いが非常に少なかった。やっぱり、課題が明確にあったからでしょう。ハリルホジッチは、前回対戦でなぜ引き分けたのか整理できない部分があると言いつつも、問題点は感じていたんです。
 
 要するに、中央を固める相手に対して、そこに無理やり入っていってしまっていた。それをいったん外して、相手を引きつけてエサを巻きながら、わずかに空いたところを、コンセプトである1タッチの速いパスワークで狙う。それを全体が共有できていました」

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宇都宮「そもそも、考え過ぎないでやれば良かった。そこに行き着いたのが、今回の勝利だったと思います。縦に速く攻めるのが前回対戦だとしたら、今回は“幅”がひとつのキーワードになっていた。要は、“縦がダメなら横でいい”というか。すごく分かりやすいことをやった結果、本来の力量差が出たと思う。本当はもうちょっと点が欲しかったけど」
 
河治「最初のシンガポール戦の段階では、相手を見ながらサッカーをするというより、まず自分たちのサッカーの完成度というか、ベースを固めていく意識が強過ぎましたね。指揮官が基本として掲げているものをどれだけできるか、というところに固執していた」
 
宇都宮「そういうことですね」
 
河治「シンガポールは日本を罠にはめようとしているのに、そこを軽視し過ぎた。シャドーボクシングの延長みたいな感じで試合に入ってしまった。それまでの親善試合では、日本のストロングポイントを消してくる“結果にこだわった”相手がいませんでしたからね。
 
 アルジェリア代表でもそうでしたが、ハリルホジッチはもともと対戦相手を徹底的に研究して、試合に臨むタイプ。ただ前回のシンガポールとの試合は、チーム作りの初期段階ということで、“内部整理”に比重を置いていました。シビアに分析しなくても勝てると踏んでいたのでしょう。実際にチャンスは多かったわけですから」
 
宇都宮「ハリルホジッチ監督は確かに研究熱心で、スカウティングを重視します。でもそれは“弱者”として臨む場合が多いからだと思います。例えば、ワールドカップでのアルジェリアがそうですよね。ただ、日本はアジアのなかでは“強国”です。だからこそ2次予選のスタートでは、分析眼が少しぼやけてしまった。それが落とし穴だったわけです」
 
――アジアをやや舐めていた、ということでしょうか?
 
河治「世界に出た時には日本が“弱者側”になる。そこはハリルホジッチも理解しています。ただその前にアジアを突破することが、ちょっと想定していたものと違ったのかもしれない。もちろん最終予選に出てくるような強豪国は、アジアカップの映像を見てイメージはしていたと思うのですが、2次予選でここまで引かれるというのは想定外でしょう」
 
――その解決策が、サイドアタックだった?
 
宇都宮「さっきも言ったように、小難しい戦術ではなく“縦がダメなら横”という単純な答ですよね。一回頭を整理して、それが上手く結果として結びついたのは良かったのではないでしょうか。3-0というスコアは物足りませんが、苦手意識は払しょくできました」
――今回のシンガポール戦では明らかに攻め方が変わった一方で、チャンスの数に限れば前回対戦のほうが多かった印象も受けます。
 
河治「早くに先制しても、思ったより得点数が伸びなかった。その背景としては、ビハインドを背負ってもなかなかシンガポールが前に出てこなかったし、日本がバランスを取った面もあると思います。サッカーで2-0というのはいつでも難しいシチュエーションですが、相手が格下と言っても予選なので、リスクチャレンジの部分で慎重になった部分はあります。
 
 一方で、サイドアタック一辺倒になった嫌いもあります。中央突破やロングボールを織り交ぜるなどの工夫が見られなかったから“中だるみ”したようにも見えました」
 
宇都宮「そこが今後の課題です。これまではアフガニスタン戦やシリア戦のように、前半はよろしくなくて、後半に修正して上手くいった試合が続いた。ただ今回は逆だった。河治さんが言ったように、工夫がないままだった」
 
河治「つまり、ハリルホジッチの指示がないと変えられない。そこで相手の戦術変更に対応できなかったんです。

 柏木も言っていましたが、序盤はシンガポールが思ったより(ラインが)高かった。ホームのシンガポールは、守りつつも時には崩したかったのでしょう。ただ後半からはグラウンダーのパスを諦めて、ロングボールを多用しました。それでピンチを迎えてもいます。ただ、その変化に対して明確な対抗策を出せないままでも、最終ラインが個の力量差で抑え切れたこともあり、なんとなく間延びしたまま試合が進んでしまいました」
 
宇都宮「おっしゃるとおり、攻撃面だけでなく守備でもその課題は見られましたね。このチームには、攻守で流れを落ち着かせられる選手が足りない。シンガポール戦の柏木は、若干その雰囲気が出てきましたが」
 
河治「その点で一番長けているのは、内田だと思います。もしかしたらG大阪の遠藤以上に。だからこそ、内田不在の影響を感じました」
 
――ハンドル役が不足しているため、主導権を握りにくい。
 
河治「ですね。必ずしもボランチの選手じゃなくていいんですが。例えば、最近の香川は、ドルトムントでは時間帯によって攻め方を変える意識が見られます。この試合でも途中で入る時に、もっと前に動きを出さないといけないと感じていた、と語っています」
 
宇都宮「結局は、今回のシンガポール戦は2-0になってから“なあなあ”になってしまった。最後に3点目が入ったから多少は救われましたが、あれはラッキーな要素が強いですしね」
 
河治「確かに2-0になってからの試合運びは不安定でした。でも今は、あくまで土台作りの段階。その意味でチームとしてのベースは、一歩進んだと言えるんじゃないでしょうか」
――土台作りの段階で、親善試合を含めて12試合を戦いましたが、ハリルホジッチ監督の目指すサッカーは見えつつあるのでしょうか? 
 
宇都宮「まず、宇佐美が好きなんだな、と。宇佐美だけが、ハリルホジッチ体制で東アジアカップを含む全試合に出場しています。“宇佐美好き”は、監督が理想とするチームのキーワードになっているはずです」
 
河治「アルジェリア代表の時から、そんな傾向は見られました。ベスト16進出に貢献したフェグリも最初は荒削りだけど、個の力に光るものがある、そんな選手でしたし。まだ粗削りな選手を入れて、彼らを鍛えていくのが意外と好きなんです。
 
 チームの完成度を手っ取り早く上げるには、日本で言えば湘南の永木や鳥栖の藤田のような選手でベースを固める方が効率的。でも、宇佐美のようなセンス抜群の選手が指揮官の目に留まった。伸びしろを確信した選手を育てようとするのも、ハリルホジッチの特徴です」
 
――アギーレ体制下では、宇佐美は一度も代表に呼ばれていません。
 
河治「あのままチームを率いていればおそらく、どこかで呼ぶつもりだったと思います。アギーレはどちらかというと、個性派を後からチームに組み込む。南アフリカ大会の岡田監督と似ています。でもハリルホジッチは早めに“異分子”を取り込み、自分の手元で育てたいタイプです。そこはふたりのキャラクターの違いを如実に物語っています」
 
宇都宮「一方のチーム戦術に関しては、いわゆる“縦に速いサッカー”だと言われますが、あれはちょっとメディアが強調し過ぎた感もありますね。だから、監督に対する一般的なイメージがその方向で固まってしまった。ハリルホジッチにとって、“縦の速さ”はワンオブゼム。ひとつの戦術に過ぎません」
 
河治「ザッケローニ時代に足りていなかったことへの対策が、“縦の速さ”だったわけです。ブラジル・ワールドカップでの日本の戦いを見て、裏への意識が足りなさ過ぎる、と。“デュエル”にしてもそうです。まずは不足しているところを正そうとしただけなんです。
 
 ハリルホジッチは本来、プラグマティック(実利的、実際的)な監督です。いろんな引き出しを用意して、ベストな選択をし、相手に“嫌がらせ”をする。だから、圧倒的に実力差がある相手よりむしろ、自分たちより少し力が勝る敵に対しての戦いを得意とします。アルジェリア代表でのドイツ戦が最たる例ですね」
 
――まずは弱点を洗い出して、引き出しを作っている最中だということですね。
 
河治「そうです。逆に言えば、ハリルホジッチの特徴は、本人は今のところ出そうと思っていないのかもしれませんね。

 ただ、もうひとつザッケローニと決定的に違うのは、攻守に渡り、ボールサイドに人数をかけること。ザックは自身が『バランスを重視する』と言っていたように、攻撃で同時に人数をかけるのは、5人まででした。それでもイタリア人監督のなかでは多いほうなんですが。ところが、ハリルホジッチはそこに制限がない。だからこそ球際での戦いを強調して攻撃に迫力が出そうとするし、カウンターを受ける前に潰して守備のリスクを軽減しようとしています」
 
宇都宮「個の力、1対1は強調していますね。今までの日本代表は、そこが曖昧になっていた。『ポゼッションしていれば大丈夫だろう』みたいな風潮がありました。局面の厳しさを追求したのは、彼の特徴だと思います」
 
河治「結論を言えば、ハリルホジッチは相手によって最後のディテールを変える監督です。だからこそ今は、ある意味でありきたりなコアの部分を徹底して鍛えています」
 
宇都宮「今のチームは、“自分たちらしさ”を取っ払ったところからスタートしています。ブラジル・ワールドカップで通用しなかった点を反省し、チーム作りを進めている段階です。今はまだアジア2次予選ですからね。
 
 ちょっと話がズレますが、最近のメディアの論調として、ハリルホジッチを必要以上に貶めようとしている傾向を感じています。なぜかラグビーのワールドカップと比べたりとか。正当な批判になっていない」
 
河治「ナンセンスですよね。例えばラグビーの件にしても、エディ監督が就任してからの3年間は山あり谷ありだったわけです。チーム作りの過程では、ラグビーファンやメディアからの批判もありました。それを見ていないで、本大会のパフォーマンスやチーム作りだけを見た人が、好き勝手言っている」
 
宇都宮「最後にもうひとつ。10月にシリアに勝って2次予選を少し楽に戦える状況になったため、指揮官の色は出始めています。今回は“リベンジ”というプレッシャーのかかる状況でも、メンバーをいじって勝ち切った。これまで保守的な傾向は少なからずありましたが、指揮官が本来の姿に戻りつつある。その意味でも、今回の勝利はターニングポイントになると言えそうです」