59分、敵陣でインターセプトした吉田麻也(サウサンプトン)が前方の本田に縦パスを入れる。前を向いた本田の視野に飛び込んできたのは武藤。左サイドから斜めの動き出しでDFラインの裏に走ると、そこに本田からスルーパスが送られた。最後は角度のないところからのシュートとなってしまったためボールは枠を外れたが、ドイツで毎試合見られるボールを引き出す動きをサイドの位置からでも見せたのだった。

「一つのポジションだけでなく、いろいろなところで使ってもらえることを僕はプラスに捉えたい。今はマインツで1トップをやっているけど、初めはサイドバックでもいいから試合に出たいと思っていたほど。どのポジションをやっても、自分ができていることと、まだまだな部分はある。そこをしっかり意識してドイツでもプレーしていけば、さらに相手にとって怖いFWになれる」

 普段のリーグ戦から武藤はタフな競り合いで体をぶつけあいながら、頭脳もフル回転させてプレーし続けている。1年前のブラジル戦はとにかく愚直に縦に行くプレーが可能性を感じさせた。今は経験と工夫が重なり、プレーに多様さが出てきている。

 タフな競り合いという意味では、あらためて強さも見せてくれた。

 シンガポールから奪った前半の2ゴールはいずれも武藤のアシストだった。それぞれの場面で相手DFとのぶつかり合いでしっかり先手を取ることに成功している。金崎が決めた先制点の直前では、背筋の強さを生かしたバネのある跳躍から、ヘディングでボールを落としてみせた。

「自分のところのマークのDFは小さかったので、(本田)圭佑くんや(酒井)宏樹くんと話していて、自分のところに合わせてくれれば、しっかり折り返しだったり、上から叩くことができるからと試合前に話していた。そのとおりのいいゴールにつながるシーンになったので良かった」

 本田の2点目はペナルティエリア内でしっかりDFをブロックし、潰れ役になりながらパスを落とした。

 スピードに乗った突破を支える脚力だけでなく、最近は上半身強化にも勤しんでいる。マインツの練習場に行くと、いつもトレーニング後に武藤からこう告げられる。

「ちょっと中で体を動かすので、もう少し時間かかりますけどいいですか?」

 窓の外から室内をのぞくと、長い時間をかけて筋トレに汗を流す武藤の姿がある。体を大きくし過ぎると重たくなってしまうため、いかにしなやかでキレのある状態を保ちながら、ブンデスリーガの屈強なDFに負けない筋力をバランス良くつけていくか。大学時代から筋トレを欠かすことなく続けてきたが、武藤は渡独後も集中的に体の鍛錬を繰り返している。

 今回のシンガポール戦、競り合いでは敵なしだった。後半、左サイドで2人に囲まれながら、最後は体をぶつけて突破に成功した場面。時間経過ともに芝生は荒れ、足を取られる選手もいる中で、重馬場の条件でもお構いなしのプレーを見せた。まさに“強い武藤”の真骨頂だった。

 ゴールはなかった。新戦力の金崎や先輩の本田に主役は譲った格好となった。しかし、武藤はドイツでの経験を、しっかり代表でも生かし始めている。

「欲を言えばゴールを取りたかった。アシストできたのは良かったですけど、技術面でも戦術面でももっと良くなっていくと思うし、ゴールはFWである以上いつも狙っていきたいと思います」

 現在、マインツでは非常に落ち着いた日々を送る。FC東京時代の喧騒がうそだったかのように、今夏入籍した新妻の作る料理を堪能しながら、サッカーに集中した生活ができている。

「二人とも想像以上に早くドイツになじめた。あとは自分が選手として、もっと成長していくだけ」

 ストライカーとして、サイドアタッカーとして、強さと多様性を身につけつつある武藤嘉紀。今後はより“幅”のある選手になっていくことだろう。この成長を続けていけば、ハリルジャパンでの存在感は自ずと高まっていくに違いない。それは、1年前よりもさらに確かな兆しである。

文=西川結城