TPP(環太平洋経済連携協定)の提携をめぐり、日本の農家はどうなるのかという不安が先行していた。しかし合意の内容を見ると、それほど大きな影響はないと経営コンサルタントの大前研一氏は分析する。なぜ影響がないと考えるのか、大前氏が解説する。

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 TPP合意の全容が、ようやく明らかになった。政府の発表によれば、日本の関税は全9018品目の95%にあたる8575品目で撤廃される。農産物は日本が重要5項目(米、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖)を含め、全2328品目の81%にあたる1885品目の関税が撤廃されることになった。
 
 森山裕・農林水産相は「(農産物について)19%の関税を守れたのは、他の参加国に比べて群を抜いて高い」と述べたと報じられている。一方、日本からの工業製品の輸出については、品目数の86.9%の関税がすぐに撤廃されるという。

 政府やマスコミは、これで日本の輸出入が大きく変わると喧伝(けんでん)しているが、私に言わせれば、今回のTPP合意は「大山鳴動して鼠一匹」である。

 そもそも日米農産物交渉やGATT(関税および貿易に関する一般協定)ウルグアイ・ラウンドなど過去の貿易で、何が変わったか? 国内産業保護の名目で補助金が積み増されただけで、農業の生産性や国際競争力はほとんど向上していないのが実情だ。

 今回も、たとえばコメは現行の1kg341円の高関税を維持する代償としてアメリカとオーストラリアからの無関税輸入枠を新設し、年間5万6000t(13年目以降は7万8400t)を無関税で輸入することになった。

 しかし、これは従来のミニマムアクセス(最低輸入量)77万tと同じく、家畜の飼料や国際援助などに回したり、外食や米菓などの業務用に使ったりするだけなので、コメ農家にはほとんど影響がない。それでいて在庫の保管料や売買差損などの財政負担が増えるのだから、単なる税金の無駄遣いである。

 また、牛肉は現行の関税38.5%を27.5%に引き下げて16年目以降は9%に、豚肉は高価格品の関税4.3%を10年目に撤廃し、ソーセージなどに使う低価格品も1kg482円の関税を10年目に50円にするというが、これもさほど影響はないだろう。

 というのは、かつて日米農産物交渉で俎上(そじょう)に載せられた牛肉、オレンジ、落花生、サクランボなどは市場が開放されたことで、より価格の高い商品にシフトして、生産性が上がったからである。落花生は千葉の生産農家がしっかり生き残り、柑橘類は佐賀、愛媛、和歌山などの産地で種類が豊富になって国内消費者の支持を得ている。

 牛肉も関税が70%から38.5%まで引き下げられた時に畜産農家が高価格の黒毛和牛の競争力を高めて対抗した(ただし、最近は霜降りの黒毛和牛より、脂が少なくてヘルシーなオーストラリア牛や阿蘇のあか牛、岩手の短角牛などのほうが人気を集めている)。市場開放で危機感を募らせた国内の生産者が努力し、結果的に消費者が選んだものの大半は「国産」だったのである。

 関税だけで消費者の購買の意思決定が影響されると考えるのは、マーケティングを知らなさすぎる。たとえば、消費者は鯖江(さばえ)の眼鏡フレームというだけではなかなか買わないが、同じものにアルマーニのブランドが付けば5倍の値段でも買う。国産豚より高いイベリコ豚も買う。豊かな国では、人々は買いたいものを買うのである。

※週刊ポスト2015年11月20日号