仕事のグチは難しい。むやみにグチるのは、能力のなさを宣伝するようなものだし、黙って耐えるのもストレスが溜まる。揚げ句「悩みがなさそうで羨ましい」といったセリフに神経を逆なでされることもある。すべてをぶちまけたくなる衝動とどうつきあうべきか。

 今回は幕末から明治にかけて活躍した実在の人物・関寛斎の生涯を妻・あいの視点から描いた『あい―永遠に在り』(高田郁/角川春樹事務所)からヒントを探りたい。主人公・あいは18歳で寛斎に嫁ぎ、生涯に渡り”理想の医師像”を追い求める夫を支え続ける。

◆「あいの取り柄は、苦労が随まで浸みていないとこだね。闇の中に居ても、それと気付かない」

 あいはあるとき、叔母に「苦労が随まで浸みてない」と指摘され、落ち込む。しかし、実は叔母は心底褒めていた。「いつも物ごとの明るい面だけ見ている」のは強みだと力説する。

「悩みがなさそうで羨ましい」と言われると、多くの人が身構える。そこに皮肉や揶揄のニュアンスを感じるからだ。しかし、本来「悩みがない」のは喜ばしいことだし、「悩みがないフリ」ができるのも能力のうち。腹芸に対する賞賛ととらえ、礼のひとつでも言いたいところだ。

◆「余裕ある者はない者を補う、昔はそうやって風通しよく生きていたのさ」

 あいの義父・俊介は医師であり、教育者でもあった。義母によると俊介は“懐豊かな者からは多く、貧しい者から受け取らず”という姿勢を徹底したという。

「悩みがなさそうで、羨ましい」という言葉をかけられる側と、発する側どちらが心に余裕があるかといえば断然、前者だ。ならば、少々棘のある物言いも見逃そう。長い仕事人生の中では自分が助けられる側に回ることもある。“お互いさま”の精神を軸に据えると人間関係の風通しが良くなり、生きやすくもなる。

 つまり、「施しなどと思わなければ良いのです。たとえば借財として、のちに返せば」ということなのだ。

 困ったときは素直に頭を下げ、周囲の力を借りる。周囲が困っていたら、助けの手を差し伸べる。その繰り返しが信頼関係を深めていく。

「悩みがなさそう」の次なるステップは、「悩みがない」を実現すること。そもそも、悩みがなければ、「人の気も知らずに…!」と腹を立てる理由が消える。グチが入り込む余地もなくなるはずだ。

<文/島影真奈美>
―【仕事に効く時代小説】『あい―永遠に在り』(高田郁/角川春樹事務所)―

<プロフィール>
しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。