盛りあげよう!東京パラリンピック2020(40)

 今年で35回目を数える伝統の「大分国際車いすマラソン大会」が11月8日、大分市内で開催され、スイスのマルセル・フグ(29)が6連覇を達成した。だが、優勝者以上に多くの、そして長い時間、報道陣に囲まれていたのが山本浩之(49)だ。1時間25分02秒をマークして日本人最高の2位に入ったことで、日本パラ陸上競技連盟が定めた条件(※)を満たし、来年のリオデジャネイロ・パラリンピック代表選手への推薦内定を決めたのだ。

「ほっとしています」

 レース後の公式インタビューの第一声で、山本はそう発した。車いすマラソンの代表は男女ともに最大3枠で、パラ陸連が指定した選考大会はこの大分を初戦に、来年2月の東京マラソンと、4月のIPCマラソンワールドカップ(ロンドンマラソン)の3つになる。

「自分は大分のコースがいちばん得意。だから、ここで決めたいと思っていた」と明かし、「リオに向けて今からじっくり準備できるのもいい。リオでは50歳になる。体調を崩さずにこれからのトレーニングを頑張っていきたい」と大舞台への想いを口にした。

※選考条件:指定大会ごとに条件は多少異なるが、大分大会では男子は1時間27分00秒、女子は1時間43分30秒以内のタイムで、海外選手を含む3位以内かつ日本人1位になることが条件だった。

 レースは1時間27分以内という選考条件をにらみ、スタートからハイペースで進んだ。序盤は11人のトップ集団だったが、気温25度を超える暑さもあり、集団は徐々に小さくなり、中間点ではフグや山本ら5選手に絞られた。レースが大きく動いたのは37キロ地点辺り。スパートをかけたフグと、すぐに反応した山本の2人が抜け出し、最後は地力に勝るフグが先着し、山本が9秒差で続いた。

 山本は2008年北京、12年ロンドンパラリンピックの代表で、3度目となるリオは50歳で迎えることになる。パラスポーツでは事故や病気による中途障害で競技を始める人も多く、山本のように40代で活躍する選手も少なくない。山本自身は体力の衰えを感じることもあるというが、この日のレースでも、「これまで上り坂が課題だったが、今日は(集団内の)誰よりも速かった。トレーニングのおかげ」と、まだまだ伸びしろがあることを感じさせた。

 車いすマラソンは平均時速30キロ、下り坂では時速50〜60キロにもなるスピードと迫力が魅力だが、「勝つ」にはパワーだけでなく、駆け引きなどのワザも必要になる。ベテランならではのレース経験が多分に力を発揮する部分だ。たとえば、日本の男子車いすマラソン界は山本と、副島正純(45)、洞ノ上浩太(41)の3選手が「三強」として長くけん引しており、今大会でも副島が3位、洞ノ上が5位に入っている。

 山本は20歳のときに交通事故で車いす生活になり、最初は車いすバスケットボールを行なっていたが、その後、陸上競技に転向。自身初のパラリンピックとなった北京大会ではマラソンで6位に入賞。ロンドン大会ではさらなる活躍が期待されたが、5000mは決勝に進出するも10位と惨敗。マラソンでは途中でクラッシュによるアクシデントで後退し、22位に終わった。

 悔しさをバネに、さらなる進化を目指して取り組んだのがポジションとフォームの大幅な改良だった。ポジションとは競技用車いす(レーサー)の座席の位置のことで、車輪を漕ぎやすくスピードを出せるように高さや前後の位置を調整するのだが、自身の体格や筋力、漕ぎ方などに合わせ、ミリ単位で最適なポジションを探り当てる微妙な作業であり、簡単ではない。車いす選手にとってはトレーニング同様、とても重要なプロセスだ。

 山本も3年間の試行錯誤の末、ようやく今年5月頃からしっくり感じるようになり、安定してきたと言う。「今日はここ数年でいちばん調子がよかった。さらにきっちりとフォームを自分のものにし、ペースも上げたい。1段も2段もレベルを上げてリオに臨みたい」と意気込む。

 また、ようやく見つけた「最適なポジション」に合わせ、この後レーサーも新調する予定といい、万全の体制を整えて集大成の場となるリオへ向かうつもりだ。

「自分では『引退』という思いはない。リオではあくまでも金メダル獲得が第一目標」と力強く話した山本。「まだ成長途中ですね」との問いかけに、「そうですね」と照れたように柔らかな笑顔を見せた。リオ開幕まで、あと10カ月。ベテランならではの経験と調整力、そして変わらぬ向上心に期待したい。

星野恭子●取材・文 text by Hoshino Kyoko