11月8日に行なわれたフェンシング男子フルーレ高円宮杯団体戦。それは日本にとって、重要な一戦だった。リオデジャネイロ五輪団体戦の出場枠8は、今年4月4日から来年4月3日までの間の国別ランキングで決まる。団体戦の出場権を獲得すれば、世界ランキングから考えて、2位の太田雄貴(森永製菓)のみになる可能性が高い個人戦の枠を3名まで増やすことができるのだ。

 出場権は国別ランキング上位4位までが自動的に、5位以下は各大陸で最上位の1カ国が獲得できる。日本は現在6位で、アジア・オセアニア枠を確保している状況だが、4位の中国が5位のアメリカに逆転される可能性は十分にあり、中国が落ちてきてしまうと日本の出場が消えてしまう。そのために今大会の"日本のミッション"は、日本に次いでいる韓国より上位の成績を残し、なおかつ中国をサポートするためにベスト8で当たるアメリカに勝つことだった。

 その戦いに日本は、エースの太田と千田健太(阿部長マーメイド食品)の両ベテランに加え、昨年から団体メンバーにも入っている18歳の松山恭助(早大1年)と、今回がデビュー戦となる17歳の敷根崇裕(東亜学園高3年)を起用した。

 万能型の松山は世界ランキング90位だが、太田以来のインターハイ3連覇を果たし、12年世界カデ(17歳以下)選手権で優勝した選手だ。一方の敷根は、身長181cmでなおかつ剣を持った手を引き気味に構える、これまでの日本人にはないスタイル。世界ランキングは157位だが、10月末のジュニアワールドカップバンコク大会で優勝し、勢いに乗っている選手だ。

 初戦のブラジルに勝って臨んだ勝負のアメリカ戦。世界ランキング1位のラセ・インボーデンを筆頭に4人全員がランキング11位内に入っている強豪に対し、日本は太田と千田、松山で対戦。第5ピリオドの太田で22対25とされたが、次の千田が逆転し、30対27と競り合う。だが次の松山が「最初に相手のインボーデン選手にポイントを取られて受け身に回ってしまった」と再度逆転を許してしまった。最後の太田が43対44まで迫ったが、残り22秒で45点目を取られて敗退した。

 その後の5〜8位決定戦からは若い2人が健闘をみせた。最初の戦いは8月の世界選手権2位のロシアを相手に、第6ピリオドで松山が出だしから連続6ポイントを取るなどして30対28。それまでは硬さも目立っていた敷根も第7ピリオドでは先に5点を先取して逃げ切った。最後は太田が45対39で決めてロシアに勝利。

 そして5位決定戦の15年世界王者イタリアとの対戦では、松山がロンドン五輪優勝メンバーのアンドレア・バルディーニに26対30とされたあと、敷根が世界ランキング14位のジョルジョ・アボラを相手に6連続得点を含めて相手に3点しか取らせず、35対33に。再び松山も前日の個人戦では7対15で完敗していたダニエル・ガロッツォに5対4で競り勝ち、こちらも最後は太田が5連続得点でバルディーニを抑えて45対37で勝利した。

 千田は「イタリアに勝ったのは5年ぶりくらい。アメリカには負けたが世界選手権1位と2位のチームにいい内容で勝てたのは、確実にチームの実力もついてきている証拠。若手が入ることで活性化して僕たちベテランの刺激になっているのは間違いないし、チーム内にも競い合いの精神が生まれてきているのはいい傾向だと思う」と話す。

 松山は「インボーデンには勢いで負けたけど、太田さんや千田さんだったらそこで流れを変える何かができたはずだから、それができなかったのが悔しい。でもイタリアのガロッツォには絶対勝ちたいと思い、アメリカの試合で悪かったところや良かったところを、何回も頭の中で考えて『これなら崩せるのでは』というものを(イタリア戦で)できた」と振り返る。

 また敷根は「イタリア戦の最後で自分の納得いくプレーができたけど、最初からそれができなかったのは自分の弱いところ。次の試合にももし出場できれば、攻撃時の体を伸ばしきった状態のファント(攻撃の基本姿勢)でのスピードが速いと周りから言われる特徴や、他の人の真似をしたくないという自分の気持ちを生かして思い切りやりたい」と話す。

 結局、今大会はアメリカが優勝。日本はベスト16で敗れた韓国とはポイント差を広げたが、3位だった中国はアメリカに4点差まで迫られてしまった。

「今回はイタリアにも勝てる、とわかったのが大きな収穫。前のメンバーは負けの経験値が多いのでどうしても負けのイメージが先行するけど、今回の(松山)恭助や(敷根)崇裕はそんな経験がないので、負けのイメージよりも勝ちたいというイメージの方が強かったと思う。ここで勝てたということは、来年のリオ五輪に出られれば、勝てるチャンスがあるということ。金メダルを狙う限りは苦手チームがあってはいけないので、負けても勝ってもいい試合ができる今のチームは良くなっていると思う。五輪に出るには他力本願という形になったけど、残る試合で僕たちがやらなければいけないのは、もし当たったらアメリカを叩き、なおかつポイントを獲得して韓国の猛追をかわすことしかない」

 太田が一度引退してから競技へ戻ったのは、「リオで結果を残さなければ東京にはつながらない。チームを建て直しながら、若い選手に自分のすべてを伝えるのが自分の競技生活の最後に果たすべきことだと思った」という理由からだ。

 五輪出場確定までの試合は1月のフランス・パリ大会と2月のドイツ・ボン大会のみ。その戦いをどうくぐり抜けるかは、今回で主力メンバーに定着したといえる松山や新戦力として使えることがわかった敷根が、太田の思いを受けてどれだけ実力を発揮し、なおかつチームを活性化させられるかにかかっている。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi