自動車を運転することは
「物珍しいこと」になる

 自動車の世界でも急速にIoT化は進んでいます。でも日本でその認識は、あまり浸透していないようです。

 以前出席した2030年の東京について話し合う会議で、「水素ステーションをどこに配置するか」といったことが議題にされて、強い違和感を覚えたことがあります。

 自動車はすでに動くコンピュータに変化しつつあって、今後IoTによって最も大きな変化を遂げるものの一つであることは間違いありません。かつて自動車の普及が世界の街の姿を変えたように、自動車のIoT化は再び街の姿を変えることになるでしょう。

 そう考えると水素ステーションを配置する場所で悩むのがナンセンスなことがわかるはずです。水素ステーションは電池に充電することの代用品に過ぎず、電気自動車用の電池は技術進化によって急激にコストが下がり、高性能化しているからです。

 自動運転についての議論でも、「日本は遅れているな」と感じることが多々あります。最近、アップルやグーグルまでが開発に名乗りを上げたことで、自動運転が注目を集めています。現状では自動運転についてもさまざまな意見があることは知っていますが、「自動運転が普及するかどうか」と議論すること自体、私には不思議でなりません。

 湘南の海岸沿いの道などで、ハーレー・ダビッドソンを運転するおじさんを見かけます。物好きといったら語弊があるかもしれませんが、必要に迫られているわけでも効用を追求しているわけでもなく、完全に趣味としてライディングを楽しんでいる人たちです。私は、20年後には、自動車を自分で運転する人はごく少数派になり、現在のハーレーに乗るおじさんと同じような存在になるだろうと思い描いています。

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