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2015年11月24日の打ち上げに向け、鹿児島県種子島にある種子島宇宙センターで現在、H-IIAロケット29号機の打ち上げ準備が着実に進んでいる。

H-IIAの打ち上げは今回で29機目となる。一昔前と比べると、ずいぶん早いペースで打ち上げが続いており、少しずつではあるが、H-IIAの姿が日常の光景となりつつある。

しかし今度のH-IIAは、今までのH-IIAとは一味も、あるいは二味も違う。外見からはあまり目立たないが、しかし実はとても大きな、「高度化」と呼ばれる改良が加えられている。

○H-IIAが抱えていた問題

H-IIAロケットは宇宙航空研究開発機構(JAXA、当時は前身の宇宙開発事業団)と三菱重工業が開発したロケットで、2001年に初めて打ち上げられた。それ以来、探査機「はやぶさ2」、「あかつき」や、東日本大震災のときに被災地を観測した「だいち」、そして今日や明日の天気予報にとって欠かせないデータを提供する「ひまわり8号」といった、数多くの人工衛星を打ち上げてきた。

H-IIAの打ち上げ数は、2015年10月の時点で28機にもなる。これは日本で開発されたロケットの中では最も多い数だが、ほぼ同時期に登場した他国のロケットと比べると少ない。米国やロシア、中国などは、同じロケットを1か月のうちに2機、3機も打ち上げたりしている。

H-IIAが打ち上げた衛星の多くは、政府や省庁、JAXAが運用する、いわゆる「官需」の衛星で、一方で国内外の民間企業が運用する衛星の打ち上げは、今回の29号機の積み荷であるテルスター12ヴァンテージの打ち上げを受注するまで、ほとんどゼロだった。H-IIAを運用する三菱重工は世界に向けて売り込んではいたが、いつも世界の他のロケットに奪われ続けていたのだ。

人工衛星を使った商売をしている民間企業はいろいろあるが、市場として最も大きいのは、人工衛星を使った通信を事業として行っている会社である。人工衛星は宇宙にあるから、地球の裏側で起きていることでも、衛星を中継することで、世界中どこへでも映像や音声を伝えることができる。皆さんの中にも、衛星放送でドラマやスポーツ中継などを楽しんでおられる方は多いかもしれない。

こうした通信衛星が多く打ち上げられる軌道を「静止軌道」、またその軌道に乗る人工衛星のことを「静止衛星」と呼ぶ。

そしてこの静止衛星の打ち上げ能力において、H-IIAは他のロケットと比べて大きな格差を抱えていた。

○H-IIAは静止衛星の打ち上げが苦手だった

静止軌道は、地球の赤道の上空約3万5800kmのところにある。人工衛星というと、地球のまわりをものすごい速さで回っているというイメージがあるが、上空約3万5800kmだと、この速さがちょうど、地球が自転する速度と同じになる。すると、地球から衛星を、あるいは衛星から地球を見ると、相手が止まっているように見えることから、"静止"軌道と呼ばれている。

相手が静止している(ように見える)ということは、衛星から通信や放送の電波を発信するときや、逆に地球で受信するときに、アンテナを動かさなくても良いため、通信がしやすくなることから、通信衛星の大半はこの静止軌道を利用している。

この静止軌道に向け、ロケットで衛星を打ち上げるのはとても難しい。たとえば赤道上からロケットを真東に打ち上げたとすると、静止軌道と同じ傾きの軌道に衛星を入れることができる。あとは高度だけ合わせれば良いので、ロケットの負担も小さく、またロケットから分離されたあとの衛星の負担も小さくできる。

ただ、それができるのは、赤道に近い南米のギアナにロケット発射場をもつ欧州ぐらいである。ギアナはかつてフランスの植民地で、現在もフランス領であるため、この地にロケットの打ち上げ場をもつことができている。

しかし、日本や米国、ロシアの場合は、ロケット発射場が赤道よりも北にしかないため、そのまま打ち上げても、赤道から大きく傾いた軌道にしか衛星を入れることができない。そのため、高度だけでなく、その傾きを静止軌道に合わせるため、欧州のロケットに比べて余計にエンジンを噴射しなければならない。

そこでロシアや米国のロケットは、ロケットの能力を上げることで、従来は衛星側が負担していたエンジン噴射の一部、場合によってはほとんどすべてを肩代わりすることで、衛星側の負担を軽くするということが行われている。最近では中国も同じ能力を手に入れている。

しかしH-IIAは、ロケット発射場が北緯約30度の種子島にしかない上に、ロシアや米国のロケットのように、衛星の負担を肩代わりできるほどの能力はなかった。そのため、欧州のロケットはもちろん、米国やロシアのロケットで打ち上げたときと比べても、より多くの負担を衛星に強いることになっていた。

その結果、たとえば他のロケットで打ち上げることを前提に造られた衛星は、H-IIAでは打ち上げられないということもあった。また、H-IIAで打ち上げるために造られた衛星は、他のロケットに合わせた場合よりも若干割高になってしまう。

このことが、国内外の衛星通信会社から衛星の打ち上げを受注しようとした場合に、H-IIAにとって大きな足枷となっていたのである。

○高度化でロケットはより長く飛ばせるように

この格差を埋め、H-IIAでも他のロケットと同じ条件の軌道まで衛星を運ぶことができるようにするために、JAXAと三菱重工は2011年度から「高度化」と呼ばれる改良開発を始めた。

この高度化では、主に第2段機体に大きく手が加えられている。第2段は宇宙空間を航行し、最終的に衛星を分離する役目を担っており、この改良により、ロシアや米国、中国のロケットが行っているのと同じように、H-IIAでも衛星が負担していた分の一部を肩代わりできるようになる。

しかし、それは簡単なことではない。衛星の肩代わりをするということは、ロケットの第2段が衛星のように長時間宇宙を飛び、またこれまでより地球から遠く離れたところでエンジンの噴射などをできるようにしなければならない。

たとえばロケットが長時間飛行すると、太陽の光が当たり、温度が徐々に上がってしまう。そこで、第2段のタンクを白く塗り、太陽光を反射させることで、機体の温度が上がり過ぎないようにしている。従来のH-IIAでは、この部分はタンクに塗られた断熱材の地の色である黄土色だったので、一番目立つ改良箇所かもしれない。

他にも、バッテリーを増やしたり、搭載している機器の改良などで、長時間の飛行を可能にしている。

そして、ロケット・エンジンの噴射と停止を繰り返しできるようにし、さらに精度良く軌道に投入できるよう、小さなパワーで動かせる能力も追加されている。

これらの改良策の一部は、これまでの打ち上げの中で試験されたこともあるが、すべてが適用されるのは今回の29号機が初めてとなる。

さらに、単に静止衛星をより条件の良い軌道に運べるようになるだけではなく、人工衛星を切り離す際の衝撃を小さくし、衛星にとって乗り心地の良いロケットにするための改良や、ロケットが自律的に飛行できるようにし、地上の設備の一部をなくすといった改良も行われている。

こうした改良点も、今回の打ち上げや、また今後の打ち上げの中で試験が進められ、いずれは本格的に採用されることになっている。

○高度化のその先へ

この高度化によって、従来は衛星側が負担していたエンジン噴射の一部を、ロケット側で肩代わりすることができるようになる。その代償として、打ち上げ能力は少し落ちてしまうことにはなるが、しかしH-IIAの設計を大きく変えることなく、世界水準のロケットとほぼ同等の性能をもらせ、これまで打ち上げることすらできなかった衛星を扱えるようになった意義はとても大きい。

そして2013年には、衛星通信大手のテレサット社から、同社の通信衛星テルスター12ヴァンテージを打ち上げる契約を取ることができた。こうした大手の企業はロケットの信頼性を何よりも重視するが、当時も今も、高度化はまだ完成しておらず、信頼性は未知数だったはずである。それでも契約が取ることができた背景には、これまでのH-IIAが培ってきた実績や信頼、そして期待があったのだろう。

このテルスター12ヴァンテージを載せた、そして高度化H-IIAの1号機でもある、今度のH-IIAの29号機の打ち上げが成功すれば、H-IIAはいよいよ本格的に、衛星打ち上げの市場に乗り込むことができるようになる。そして今後も安定して国内外から商業打ち上げを受注できるようになれば、ロケットの打ち上げ回数が増え、信頼性が上がるとともに、コストを下げることにもつながるだろう。

また、この高度化の技術は、現在開発が進む新型ロケット「H3」にも活かされることになっている。単にH-IIAの改良というだけではなく、次世代に向けた投資でもあるのだ。

H-IIAロケット29号機の打ち上げは、2015年11月24日15時23分(10月2日現在)に予定されている。いつもと同じようで、実は大きく進歩した、新しい「高度化H-IIA」と、そして日本のロケットの新たな夜明けの瞬間を、種子島の現地で、あるいはインターネット生中継で、ぜひ見届けていただければと思う。

なお、今回取り上げた、これまでのH-IIAの問題点や、他のロケットとの比較、また高度化における改良点などについては、拙稿「世界に追いつけるか 「高度化」H-IIAロケット、ここに誕生す」でより詳細に紹介しているので、興味がある方はそちらもご一読いただきたい。

(鳥嶋真也)