29日の鳥栖戦では、右SB、左SBとしておよそ15分ずつプレー。絶対の自信を持つドリブル突破は見られなかったが、新たな目標が見つかった点は収穫と言っていいだろう。写真:佐藤 明(サッカーダイジェスト写真部)

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 今回、U-22日本代表に初招集された中野嘉大のキャンプ評価は実に難しい。目に見える活躍でアピールしたかと言えば、そうではない。しかし、自身初となるSBのポジションで、左右両サイドでプレーするなどチームにもたらす新たな可能性を示したのもまた事実だからだ。

【U-22日本代表PHOTO】練習試合 対 鳥栖

「誰にも負けない」と自負するドリブルを武器に、川崎ではウイングバックとして第2ステージからレギュラーの座を掴んだ。「いずれはトップ下やFWでプレーしたい」という言葉からも、攻撃を特長とするアタッカーとしてのこだわりが読み取れる。
 
 それだけに、DF登録で招集されたとはいえ、10月27日の福岡大戦で左SBを任されたのには、似たプレースタイルの関根が右MFとして出場したのを踏まえても、少なからず葛藤があったに違いない。
 
 事実、福岡大戦で“らしさ”が見られたのは、終盤に素早いターンで相手をかわし、ドリブルでサイドから中央へと駆け上がったシーンくらい。攻撃参加の回数自体は決して少なくなかったが、初めての役割で慎重になったこともあり、「もっと自分で強引に行けば良かった。全然満足のいくプレーができずに悔しい」と唇を噛んだ。
 
 中野はドリブラーとしての自分を「パスを上手く使いながら、相手の逆や裏を取るタイプ」だと説明する。ドリブルに固執せず、パスとの“使い分け”を重視しているのだが、初招集で周囲の選手にその特徴がまだ浸透し切っていないこともあり、パスを出せた場面でもタイミングが合わずに連動できなかったのだ。
 
 2度目の実戦となった同29日の鳥栖戦では、前回とは逆サイドの右SBでプレー。喜田の負傷交代を受け、77分からは左SBに回ったが、攻守ともに重要な局面に絡むことはできなかった。「前(2列目)でプレーしたい」気持ちはあるが、監督から与えられた役割に応えてこその選手。だからこそ、中野はキャンプ中に再三SBに関する質問を訊かれても、絶対に後ろ向きな発言はしなかった。
 
「川崎でできているだけじゃダメだと思った。川崎と代表はシステムも戦術も全然違うので、いろんなサッカーに適応できる能力というか、自分の中でしっかりとこのチームに合った“スタイル”を持たないといけない」
 
 手倉森監督は、中野について「攻撃のところでアクセントになる可能性を感じた」と評価しつつも、「新しく来たメンバーは守備を鍛えないといけない」と課題も口にした。中野自身、SBという新境地への“チャレンジ”を経て、新たな目標ができたと語る。
 
「守備で言えば、連動したディフェンスをするために2列目の選手を上手く使えるようになること。もうひとつは、自分のところでもっと止められるようになること。正直競り合いは慣れていないので、意識してやろうと思っている。一番分かりやすい成長としてアピールするためにも、“ボールを取れる選手”になりたい」
 
 ボールを相手から奪うとはつまり、攻撃のチャンスを手にすることを意味する。それを実践できれば、ドリブルという自身最大の持ち味も発揮しやすくなるわけだ。中野は「代表候補になったからと言って技術が急激に上がるわけではない。だからこそ、自分の良さを出さないと競争に生き残れない」と話す。
 
 手倉森監督はキャンプ終了後、選手選考について「チームとして武器は多ければ多いほどいい。あとは僕がどの武器を取るか」とコメントしている。中野は指揮官の御眼鏡に適うのか。果たして、クールな“新星”の運命やいかに――。
 
取材・文:小田智史(サッカーダイジェスト編集部)
 
PROFILE
なかの・よしひろ/1993年2月24日生まれ、鹿児島県出身。176センチ・66キロ。パルティーダU-12―パルティーダU-15―佐賀東高―筑波大―川崎。今季通算8試合・1得点、J1通算8試合・1得点(J1・第2ステージ15節終了時)。等々力に現われたニュースター。最大の武器であるドリブルに加え、トラップやボールコントロールなど足もとの技術には定評がある。筑波大では10番を背負い、中盤ならどこでもこなす。