■第54回:休場

秋場所(9月場所)で横綱昇進後、
初の休場を味わった白鵬。
それには屈辱的な思いを感じたというが、
休場することによって、
新たな"発見"があったようだ。

 一年の締めくくりとなる九州場所(11月場所)の番付が発表されました。私もすでに博多入りして、11月8日の初日に向けて稽古に励んでいます。

 博多という土地は、食べ物が美味しくて、人の温かさがあって、気候もよくて、私の肌にとても合っています。ゆえに、6年連続優勝を果たすなど、年6場所の中では最多となる7度の優勝を九州場所で飾っています。そんな相性のいい舞台で、先の秋場所(9月場所)で休場した分を取り返したいと思っています。

 横綱に昇進して以来、初めて休場に追い込まれたその秋場所。初日に隠岐の海、2日目に嘉風と連敗を喫してしまいましたが、左ヒザに大きな違和感を覚えていたのが、その原因でした。結局、病院で診てもらうと、左大腿四頭筋腱炎(ひだりだいたいしとうきんけんえん/左太ももの前方にある筋肉の炎症)と診断され、1カ月の休養を余儀なくされました。

 私は日頃から、「千秋楽まで土俵に上がり続けてこそ、横綱である」と言ってきました。どんなことがあっても、"休まない"ということをポリシーにしてきました。それだけに、今回の診断にはショックを受け、休場という判断を下すには、苦渋の思いがありました。

 ただ、左ヒザが思うように動かない状態で土俵に上がることは、私のポリシー以前に、相手力士に対して失礼なこと。今思えば、「休場」という選択も仕方がないことだと思っています。

 振り返ってみれば、8月の夏巡業で私は、意識的に土俵に上がるようにしていました。というのも、かつて巡業を調整の場と考えて、ほどほどの稽古しかしない力士の姿が見受けられ、横綱が先頭に立って、積極的に稽古をしなければいけないと思ったからです。

 ありがたいことに相撲人気が回復して、今や地方巡業にも多くのお客さまが足を運んでくれています。そういう方々のことを思えば、なおさらです。だから私は、巡業の初日に「この夏の巡業では、積極的に土俵に上がって稽古をしよう!」と、力士たちにも檄を飛ばしました。

 ならば当然、檄を飛ばした本人が手本を見せなければいけません。私は率先して土俵に上がりました。もしかすると、それで多少オーバーワーク気味になってしまったのかもしれません。巡業の途中、蜂窩織炎(ほうかしきえん/細菌が毛穴や傷口などから入って、皮膚の深いところから化膿する炎症)にかかるなどのアクシデントもありましたしね。

 それと、15歳で宮城野部屋に入門して以来、ずっと鍛錬を重ねてきた墨田区緑の稽古場が、耐震性の問題で使用できなくなる、という事態も発生しました。おかげで、秋場所前は普段よりも出稽古に行く機会が増えました。そうやって落ち着かない日々が続いて、その気持ちのまま本場所を迎えてしまったことも、少なからず影響があったかもしれません。

 ともあれ、すべては私の自己管理不足だと思っています。秋場所を楽しみにしてくださっていたみなさんには、この場を借りて、お詫びさせていただきます。

 さて、本場所中は、まず宮城野部屋で朝稽古をして、そのあとちゃんこ鍋を食べます。その後、私はしばらく休息をとってから、15時くらいに国技館など本場所の会場に向かうのが、通常のパターンです。

 そのため、若い力士の相撲を見る時間は、なかなかありません。会場の支度部屋内にはテレビが設置されていて、そこで相撲中継は放送されているのですが、支度部屋に入ったら、ウォーミングアップなどをして、すぐに自分の準備に取り掛かってしまうので、十両や幕内前半の取組などもほとんど見ている余裕はありません。

 それが今回、休場したことによって、若い力士の相撲から、幕内上位の相撲まで、連日じっくりとテレビ観戦することができました。それによって、これまで見えていなかったことが、いろいろと見えたような気がします。また違った経験というか、いい勉強になったという点では、よかったな、と思っています。

 加えて、休場中とはいえ、体を多少は動かしておかなければ、相撲の感覚が鈍ってしまいます。そこで、宮城野部屋で軽い運動をすることがありました。その際、ウチの部屋の若い衆に、さまざまなアドバイスを与えることができたのもよかったです。彼らの取組も日々見ていたので、いつもよりも緻密で的確な指示を送れたと思います。

 そうして、私自身、だいぶ体を動かせるようになったのは、10月の半ば頃でした。10月8日から始まった秋巡業にも、10月20日の香川・丸亀巡業から合流することができました。

 1カ月ぶりの土俵入りをしたときは、館内のお客さまから大歓声を受けて、グッときましたね。「戻ってきたんだな」という思いも強く、かなり気合いが入りました。

 その後、愛媛、鳥取、広島、山口と回って、広島市での巡業では、取組にも復帰することができました。それでやっと、横綱としての務めを果たせたのかな、とホッとした感じがしました。

 秋巡業に合流する前日には、取り壊されることになった宮城野部屋の稽古場で最後の稽古をしました。初めて稽古をした日のこと、十両に昇進した日のこと、大関、そして横綱になった日のこと......この土俵で過ごした日々が、走馬灯のように蘇ってきました。

 私の相撲生活のすべてを見守ってくれた土俵と、まさかこんな形で別れるとは思っていませんでしたが、"横綱・白鵬"を作ってくれた土俵に改めて感謝しました。そして、次のステップに向けてまい進していこうと、新たな思いを心に誓いました。

武田葉月●構成 text by Takeda Hazuki