川島なお美オフィシャルブログ「『なおはん』のほっこり日和」より

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「東京・渋谷にある僕の外来(近藤誠がん研究所・セカンドオピニオン外来)に一度、お見えになりました。肝臓の中に腫瘍が見つかった、ということでね。川島さんご自身がそのことを周辺に話していたようですね」

「川島さんが切除手術を受けなければ、余命がさらに延びた可能性は高く、あれほど痩せることもなかたと、僕は思っています」

 こう語るのは近藤誠医師。今年9月に54歳で胆管がんで亡くなった女優・川島なお美も2013年9月に近藤医師が13年に渋谷に開いた「セカンドオピニオン外来」への診察にやってきたことを「文藝春秋」11月号「川島なお美さんはもっと生きられた」で明らかにしているのだ。

 近藤医師といえば、がんの放射線治療を専門とする、乳房温存療法のパイオニア。1988年に雑誌「文藝春秋」(文藝春秋)に「乳がんは切らずに治る」と題する論文を発表以来、「がんは放置せよ。抗がん剤は効かない」「手術は命を縮めるだけ」「検査も不要」と主張するとの持論を展開、2012年12月に初版1万部でスタートした著書『医者に殺されない47の心得』(アスコム)は100万部を超えるベストセラーになった。14年3月末には慶應義塾大学医学部を定年退職し、現在は、「セカンドオピニオン外来」での診察が中心になっている。セカンドオピニオンとは現在の主治医以外の医師に求める第2の意見であり、従来の医師おしきせ医療ではなく、インフォームド・コンセント(説明と同意)を受け、患者自らも決定に関わる医療のことだ。

 いっぽうで、近藤医師はマスコミにも頻繁に登場。12年に食道がんを患った歌舞伎俳優・中村勘三郎が急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を発症し急逝すると、「勘三郎さんは医者たちに殺された」と現代のがん治療を徹底批判。14年にも歌手・やしきたかじんが食道がんで亡くなると再び徹底批判したのだ。

 そして今回は、川島なお美だ。「僕は川島さんががんの切除手術をうけたこと、ハッキリいえば手術に引きずり込まれていったことを含めて、主治医らが行った治療には大きな疑問を抱いています」というのだ。

 近藤医師によると「セカンドオピニオン外来」に川島がやってきたのは肝臓内に影が見つかってから1カ月のこと、彼女の検査画像は「(MRI検査での)病巣の大きさが二センチほどでした」「検査画像では転移の所見は認められなかった」。

 川島は「十月から始まる稽古に備え、『手術をしてしまおうかとも思いましたが、やはり年内のハードな仕事はできなくなると考え直し、しばらく様子を見ることにしました』(略)『先生、そんな仕事優先の私は間違っていますか』と尋ねてき」たのだ。

 これに対し、近藤医師のセカンドオピニオンはどうだったか。

「当初の画像所見の通り、ステージ靴泙任涼栖匹んだったとしても、切除手術を受けた場合、何もしなければ少なくとも一年は元気に生きられたはずの人が、合併症も含めてバタバタと亡くなっていく」「川島さんは『切除手術も抗がん剤治療も受けたくない』とおっしゃる一方で、『とにかく初発病巣だけは何とかしたい』との思いを持っておられるようだったので、僕は切除手術に比較して体への侵襲度がはるかに低い『ラジオ波焼灼術』を提案しました。これなら入院期間も格段に短く済みますからね。彼女には『万が一、転移が潜んでいたとしても、病巣にメスを入れる切除手術とは違い、肝臓に針を刺して病巣を焼く焼灼術なら、転移巣がどんどん大きくなってしまう可能性も低いでしょう』」「(放射線治療との比較をすれば)ただ、制御率の面では、ラジオ波だったら百人やってほぼ百人がうまく行くんだけど、放射線の場合は百人やってうまく行くのは九十数人と取りこぼしが出る可能性があるんです。それでラジオ波を提案したところ、川島さんもかなり乗り気の様子で、『今の主治医に相談してみます』とおっしゃっていました」

 ところが、近藤医師の相談のあと4ヵ月後の14年1月に川島は切除手術を受けた(しかし、14年7月に再発)。これに対し近藤医師は「外科の主治医が寄ってたかって説得にかかったのかもしれません」と推測し「川島さんが切除手術を受けなければ、余命がさらに延びた可能性は高く、あれほど痩せることもなかった」と語るのだ。

 しかし、この近藤医師のセカンドオピニオンにはがん治療業界から猛反発。なかでも、大場大医師(15年3月まで東大医学部附属病院の肝胆膵外科に所属していた外科医、東京オンコロジークリニック院長)は、「大場大のブログ"セカンドオピニオン"」のなかで、「事の真相は、近藤氏の意見 (オピニオン)に振り回された結果、『治るチャンスを逸してしまった』ということではないでしょうか」と憤るのだ。なお、大場医師は『がんとの賢い闘い方「近藤誠理論」徹底批判』(新潮新書)という本を出している。

「『肝内胆管がん』が厄介なのは、肝臓には豊富なリンパ流があり、そのふるまいはリンパ節転移を非常に起こしやすいということに尽きます。(略)『治癒』を目指すためには、これらリンパの流れを意識した質の高い手術が『肝内胆管がん』には求められるのです」(同ブログ)

 そのうえで、問題なのは、「低侵襲 (ストレス) だからという理由で、平然と『ラジオ波での焼却』が薦められてい」るということだ。

「リンパの流れを意識した手術をすることで、『治癒』できるかどうかが議論されるべき病気なのに、目に見える箇所をなんとなく姑息的に焼いたらいいと、個人の主観でものを言ってはいけないのです。生存利益があるという根拠がない限り、気軽にラジオ波というオプションを提示するべきではありません。放射線治療も然りです」(同ブログ)

「(川島の当初の)条件の『肝内胆管がん』に対して、がんの取り残しなく、しっかり手術を受けるとどれほどの予後が予測されるかご存知でしょうか。
質の高い手術を行うことで有名なジョンズ・ホプキンス大学 (米国)の外科医 Hyder 医師の報告によると、 514例の『肝内胆管がん』を治療した成績をふまえて提案した『ノモグラム』という予後予測解析ツールがあります。
 それを使って予測してみますと (あくまでも、記事情報のみでの予測であることはご了承ください)、近藤氏のもとに訪れた時点で『手術によって3年生存率は80%以上、5年生存率は70%以上』という結果になります。あくまでも予測ですが、診断当初はいくらでも治せるチャンスがあったと言えるでしょう。しかし、近藤氏は、手術は『合併症も含めてバタバタと亡くなっていく』、『メスを入れたところにがん細胞が集まり、急激に暴れ出すことが多々ある』危険なもの、と数字を一切示さないで誇大に恐怖を煽るだけです。それらの根拠は一体どこにあるのでしょうか」(同ブログ)

「記事通りだと、川島さんは、実際に手術を受けたのが、診断時からなんと『5ヵ月』も経ってからのようです。お仕事の関係や、主治医との折り合いが悪かったのかもしれませんが、近藤氏の意見に賛同してしまったということはなかったのでしょうか。(略)病気が見つかってから『5ヵ月』も経てば、がん細胞は容易にリンパの流れに乗って、転移をしてしまうリスクが高くなるのは当然でしょう。(略)結果的には、川島さんは半年近く『放置』されていたことになります。この病気特有のふるまいを、診断された時点で丁寧に説明されなかったことが最大の罪に思えてなりません」(同ブログ)

 また、『長尾先生、「近藤誠理論」のどこが間違っているのですか?』(ブックマン社)という著作を持つ内科医・長尾和宏医師も「(川島さんは)人間ドックで自覚症状が出る前に発見されたことは幸運だった」が、「手術をためらい、手術までに6カ月の間が開いたことはマイナスだったかもしれない」「少なくとも、発見されてすぐに手術をしていたら、経過が異なっていた可能性がある」と話している。(「夕刊フジ」9月28日より)

 もっとも、今回、問題があったのは近藤医師だけではない。川島がブログに書いたように、当初の段階で川島に「余命一年」と宣告したり、「(がんが良性か悪性であるかの結果も待たず)とりあえず切りましょう」「抗がん剤で小さくしましょう」と勧めてくるだけの医者もいたのだ。

 いや、だからこそ、川島はセカンドオピニオンを近藤医師に求めたのだろう。ところが、近藤医師はといえば、手術は『合併症も含めてバタバタと亡くなっていく』、『メスを入れたところかにがん細胞が集まり、急激に暴れ出すことが多々ある』危険なもの、と恐怖を煽るだけ......。川島が「この人になら命を預けられる」(川島のブログ)、そう思える医師に出会い切除手術に踏み切るまでに約半年かかってしまった。

 いっぽうで、近藤医師が川島に用意した時間は「30分」だった。

「僕にセカンドオピニオンを求めていた時、川島さんは終始、冷静で理性的で、三十分の相談時間もきちんと守ってくださいました」(前出「文藝春秋」11月号より)

 なお、近藤医師の「セカンドオピニオン外来」は30分で3万2000円だという。

 高いセカンドオピニオン診断料に、がん闘病の末、亡くなった有名人の診察内容は推測をまじえてマスメディアに暴露する......近藤医師の視線は本当に患者に向いているのだろうか。
(小石川シンイチ)