『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』

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今秋シーズンの世界各国の新作を中心とした映画と、その作品に携わる映画人が一堂に集う第28回東京国際映画祭(※以下、TIFF)が、10月22日(木)より10日間に渡って開催されている。カンヌを筆頭に世界の名だたる国際映画祭がそうであるように、映画祭の顔はやはり世界の映画作家が賞を競う「コンペティション部門」。その見どころをコンペティションの作品選定ディレクターを務める矢田部吉彦さんに聞いた。

【特集】「第28回 東京国際映画祭」の舞台裏

国の対立、移民問題…世界がいま直面している現実を反映させた作品が多かった

今年の応募総数は世界86カ国から1409本。まず全体の傾向について矢田部さんはこう明かす。

「いま世界を見回すと一触即発で戦争がいつ起きてもおかしくない、なにか不穏な空気が立ち込めているような気がします。選考を振り返ったとき、そういった国の対立であったりとか、移民の問題であったりとか、世界がいま直面している現実を反映させた作品が多かった気がします。おそらく意識的にしろ、無意識にせよ、今の映画作家に見過ごせない現実があることの表れだと思います」

その一方で、現在の世界の映画シーンが見てとれる選考でもあったそうだ。

「ここ数年、世界の映画祭で存在感を増している国がいくつかあります。たとえば北欧や東欧、西アジアのトルコやイラン、南米・中米などがそう。これらの国から届く作品はやはり勢いを感じる作品が多かった」

その結果、例年以上に今年は「国もジャンルもさまざまなタイプの作品が揃う、間口の広いラインナップになった気がします」と明かす。

世界の映画シーンを席巻している中南米、東欧、北欧、西アジア勢

ここからは今年のコンペのみどころを紹介する。

先に触れたように現在、世界の映画シーンを席巻しているのが、中南米、東欧、北欧、西アジア勢。

たとえば今年のヴェネチア国際映画祭はベネズエラの作品が最高賞に輝いている。

そんな注目エリアの新鋭監督が手がけた作品として要チェックなのが『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』と『家族の映画』だ。

「『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』のロドリゴ・プラ監督はウルグアイ出身のメキシコ人監督で、おそらくここから国際的な評価をどんどん高めていくであろう期待の才能。平凡な主婦がとんでもない事態にはまっていくのですが、とにかくノンストップでストーリーが途切れないで進んでいく。

この雪だるま式に転がっていくストーリーテリングと緊迫したサスペンスシーンの演出力は見事。サスペンスやスリラー映画の好きな人は必見でしょう。

『家族の映画』を手がけたチェコのオルモ・オメルズ監督はすでに同国では知られた存在。おそらく彼もこれから世界での知名度が上がっていくはずです。邦題も原題のまま(※原題:Family Film)なのですが、ただの家族の物語だったら、そうタイトルはつけないわけで(苦笑)。そこにこの監督のほかにない才気が見てとれる。

一見、平和で幸せそうな家族が一転……といった具合で。ほんとうに意外なワールドへと観客は誘われる。“次はどんな物語を作り上げるのだろう?”と期待してしまう監督です」

矢田部さんいわく「今年のコンペティションはこれからが期待される30代から40代の新進監督たちの作品が中心になった」とのこと。こういったこれから世界で大きく飛躍するかもしれない若き映画作家たちのほとばしる才能に出会えるのもコンペティション部門の大きな楽しみといっていい。

今の世界情勢を痛烈に体感!

次にもうひとつの大きな傾向であった、世界の今が見える作品としては『スリー・オブ・アス』と『ルクリ』があがる。

「フランス系イラン人のケイロン監督による『スリー・オブ・アス』は、自身が監督・主演をして実の父の人生を映画化した作品。このお父さんの人生というのがまさに激動の個人史で。イランで生まれ育ち、反政府活動の末に投獄、そして釈放、やがてパリへの亡命という道を辿る。タフなテーマなのですが、それをあえてユーモアをもって描くことで最高に笑って泣けるヒューマン・コメディになっている。

完全なコメディではあるのですが、その中から浮かび上がってくるのが“移民”と“難民”の問題。移民を移民の視点から描くことで、今のヨーロッパで起きていること、またいま世界にある対立や紛争の縮図がみえてきます。

『ルクリ』は、16本の作品中で最も尖がっていて、難解でアートな映画祭ならではの作品といっていいかもしれません。

この作品、実はいつの時代、特定の場所かも明確に提示されるわけではない。でも、戦争の影がしだいに人々に忍び寄る様がそのビジュアルと音響でびんびんと伝わってくる。

いま世界に立ち込めているなんともいえない不穏な空気が画面を通して、感じられるんです。もう“ひしひし”と。その表現方法といい、題材へのアプローチといい、監督の野心的な試みが光ります」

よく言われるように“映画は時代を映す鏡”といった側面があるのは確か。現代の作り手が今何を考え、今何を切り取って描こうとしているのか?これらの作品は、きっと今の時代を体感できることだろう。

今を生きる人々を見て、力が湧き出る実話の物語

今回、もうひとつ目立つのが実話をもとにした映画。いずれも今を生きる私たちにぜひ見てもらいたいという。

「ある過去の事実をなぜ今描くのか?そこには、作り手が今の人々に届けたい何らかのメッセージが必ず隠されているのではないでしょうか。

実在の女医をモデルにした『ニーゼ』は、ショック療法が正しいとされている時代を背景に、ブラジルの精神科医の奮闘を見つめた物語。患者を人間扱いしないことが当たり前の時代、彼女は芸術療法という画期的な試みをしようとする。

ただ、その前に男性社会と従来の精神医療体制という壁が立ちはだかる。その壁を彼女は持ち前の寛大さとタフさで乗り越えていく。その姿からは、多くの人がきっと今の時代を生き抜くのに必要なヒントを見い出すことでしょう。また、チャレンジを恐れない彼女の生き様に一歩踏み出す勇気をもらう人もきっと多いはずです。

『地雷と少年兵』は、終戦直後のデンマークの物語。

デンマークのとある海岸にナチスによって埋められた地雷撤去に、捕虜となっていたドイツの少年兵が動員される。ただ、その少年兵たちのほとんどが実は戦闘に参加していない。そこでデンマークの指揮官の心が揺れ動く。“まだ幼く何も知らない彼らに罪はあるのか?”と。

ここにおいては人の持つ寛大さや赦しの精神、慈悲といったテーマが浮かびあがる。何かと争いごとや揉め事が耐えない現代において、このテーマはいろいろと深く考えさせられます」

意外と知らない世界の窓を開いてくれる

意外と知らない世界や文化、風習といったことを知ることができるのも映画。

いままでまったく知らなかった世界に簡単にアクセスできて見識を深めることができるのもまた映画の魅力といっていい。

そういった観点でのおすすめが『ガールズ・ハウス』だ。

「イランのシャーラム・シャーホセイニ監督による本作は、謎解きドラマの形式のサスペンスなのですが、イラン社会及び、イスラム社会に現存するひとつの深い“闇”にスポットを当てている。

日本にいるとイスラム社会の現実に触れる機会はめったにない。

イランの若い女性はこんな感じで日々を過ごしているんだと思う一方で、文化や社会の違いにいろいろと驚かされるドラマでもあると思います」

大スクリーンで見たい、スペクタクル感満載の映像

劇場のスクリーンの大画面で見るのもまた映画の醍醐味。

ぜひスクリーンでみてほしい作品には『カランダールの雪』と『フル・コンタクト』をあげる。

「正直、コンペティションの全16作品はスクリーンで見てほしいというのが本音です。でも、あえて、大スクリーンならではのスペクタクル感のある映像が味わえるということではこの2本。

『カランダールの雪』は、トルコの山奥で電気も水道もない暮らしを送る家族の姿がドキュメンタリータッチで描かれている。スケールのある映像は圧巻の一言です。

『フル・コンタクト』は、ドローンを操作して爆撃を繰り返した末、精神を病んだ兵士の物語。こちらも迫力の映像が大きなみどころ。スクリーンならではの圧倒的な映像体験を約束します」

コメディや恋愛映画のおすすめはこの3本

コンペ作品となるとお堅い映画をついつい想像してしまうが、今年のTIFFのコンペはとにかくバラエティ豊か。コメディや恋愛映画も並ぶ。

「イタリアから届いた『神様の思し召し』は、本国では大反響をよんだコメディです。

息子のある告白から人生に狂いの生じたエリートの外科医の物語なのですがとにかく笑いが満載。でも、後半にはきちんと感動も用意されていて、王道の悲喜劇といっていいです。

恋愛ドラマが好きな人におすすめなのは『スナップ』。

同級生の結婚式で故郷を訪れたヒロインが、かつて思いを寄せた相手に再会を果たす。その心模様がスタイリッシュな美しい映像で描かれます。

誰もが通ったであろう初恋の初々しい記憶とほろ苦さがよみがえる作品ですね。

『ぼくの桃色の夢』は東京フィルメックスで『独身男』などが上映されていて日本の映画ファンにもおなじみの中国の異才、ハオ・ジエ監督の最新作。

こちらは少年の性の目覚めが描かれている。これもまた誰にも身に覚えがあるのではないでしょうか?

実は監督から邦題に“桃色”という言葉を入れてくれというリクエストがきたのですが、まさしくその“桃色”がキーポイントです」

日本映画はいま世界に届けたい巨匠・ヒットメイカー・新鋭が揃い踏み

これらの海外勢に対し、日本映画は今回3作品が選出。日本映画界の各世代のキーマンといえる監督がそろい踏みとなった。

「昨年が1本だったのでその反動ですか?とか言われたりもするのですが、そんなことはなくて。ただ、漠然となのですが、日本映画に関してはこんな想いがありました。“今の日本映画の多様性をどうにかして世界にアピールできないか”と。

その中で、巨匠、ヒットメイカー、期待の若手といったキーワードがなんとなく浮かび、そういった形でセレクションできればいいなとの思いが芽生えてきて。すると、ぴたりと当てはまる海外作品とひけをとらないすばらしい作品が出てきてくれました。

それが、巨匠、小栗康平監督の『FOUJITA』と、現代のヒットメイカーである中村義洋監督の『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』、そして今最も期待される若手映画作家である深田晃司監督の『さようなら』です。

今の日本映画の多様性を世界に発信できる3本と思っています」

小栗康平監督の『FOUJITA』は、画家・藤田嗣治の半生を描く人間ドラマ。海外からも高い評価を受ける小栗監督にとって約10年ぶり、待望の新作となる。

一方、『予告犯』『奇跡のりんご』など話題作を次々と手がける中村義洋監督の『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』は、小野不由美の傑作と名高い小説の映画化。

タイトル通り、いわくつきの部屋を舞台に、戦慄のミステリードラマが展開する。

また、『ほとりの朔子』に続く深田晃司監督の『さようなら』は平田オリザのアンドロイド演劇の映画化。放射能で汚染された日本を背景に、人間の生と死が描かれる。いずれの作品も劇場公開に先駆けての上映。今年の年末シーズンの要注目作にひと足早く出会えるチャンスだ。

コンペ随一のスター映画にして最高の音楽映画

最後に“映画はやっぱり俳優が決め手”というファンも多いだろう。そんな人におすすめのスター映画はこの作品になる。

「ロバート・バドロー監督の『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』です。ジャズ・ジャイアントのひとりとして知られるトランペット奏者、チェット・ベイカーのどん底の時代が彼の音楽とともに描かれていて、音楽映画としても人間ドラマとしても見応えがある。

その中で圧倒的な存在感を放つのがベイカーを演じるイーサン・ホーク。トランペットをプレイするシーンもさることながら、歌うシーンがもうたまらなくすばらしい。男の僕も痺れました」

TIFFが目指すのは映画とのかけがえのない出会い

ちなみに今年のコンペティションの審査委員長は、『ユージュアル・サスペクツ』や『X-メン』シリーズなどで知られるブライアン・シンガー監督。

審査委員は『ノルウェイの森』のトラン・アン・ユン監督、『キッチン・ストーリー』などで知られるプロデューサーのベント・ハーメル、同じく世界的な知名度を持つアジアの名プロデューサー、ナンサン・シー、『未来を生きる君たちへ』でアカデミー賞およびゴールデン・グローブ賞の両方で最優秀外国語映画賞を受賞したスサンネ・ビア監督、そして日本の大森一樹監督という豪華メンバーが務め、その賞の行方も注目される。

「ほんとうにいろいろな世界の地域をフォローすることができたし、ジャンルもストレートなコメディから、王道といえるヒューマン・ドラマまで揃いました。すごくバランスのとれたラインナップになったんじゃないかと思います。もちろん作品のクオリティは落ちていません。

今回のコンペは、どの作品もある意味、お客様を選ばないというか。誰もが興味のもてる作品が並んだと思います。なぜか東京国際映画祭は映画ファンだけのものと思われがちなのですが(苦笑)、そんなことはなくて。東京国際映画祭もコンペティション部門も、誰もが参加できるイベントと声を大にしていいたい(笑)。気になる作品があったらぜひ参加してみてください。

TIFFが目指すのは日本のみなさんにとっての映画とのかげがえのない出会い。そういう場になりたい。すばらしい映画体験になることを祈っています」と矢田部さん。

TIFFは誰もが参加できる映画の祭典。お祭り感覚で、あまり構えず、気軽にふらっと訪れてみてはいかがだろう?