「恋愛ものにはもう飽きたんです。恋愛なんてドーパミン、セロトニン、ノルエピネフリンといった脳内物質のバランスの崩れた一種の病気といっていい状態に過ぎない。資本主義の仕組みが、ものやサービスを売る為に脳内作用を後押しするわけです。その観点から言えば、結婚も恋愛も、資本主義のプログラムのひとつに過ぎない。僕がやっていたドラマもそちらのやってる恋愛アプリとやらも、その搾取構造のひとつなわけで。」

かつてヒット恋愛ドラマをたくさん手がけていた脚本家・高山文夫(江口洋介)は吐き捨てるように言う。

この台詞をはじめとして、10月15日(木)からはじまった「オトナ女子」(毎週木曜10時〜/フジテレビ/脚本・尾崎将也)は恋愛ドラマをとことん否定しまくる。
ちょっといいシーンや台詞が出てくると、いちいち、昔、こんなふうなドラマがあったと自虐ネタにしてしまうのだ。

嬉し恥ずかし胸キュンを求めて


恋愛ドラマの人気がなくなってきているなかで、新たなドラマを作ろうと思っているのか「オトナ女子」。
だが、主人公の中原亜紀(篠原涼子)は、アラフォーになっても現役で仕事も一生懸命なうえに胸キュンの恋したいというライフスタイルを求め続ける、いわゆる「オトナ女子」だ。


「アンフェア」シリーズや「ラスト・シンデレラ」など好視聴率ドラマに主演してきた篠原涼子が主人公で、
同世代のお仲間がふたり出て来る。バツイチで3人の子持ちで、息子の先生と恋に落ちるらしいみどりに、「まれ」では娘思いのお母さん役で出演していた鈴木砂羽。

惚れっぽくいろんな男にアプローチするがうまくいかない独身美女の萠子には、「昼顔」の不倫奥様でブレイクした吉瀬美智子と、女性にも男性にも好感度の高い女優ばかり。

この3人がつるんで、嬉し恥ずかし胸キュンを求めていくというドラマは、「ラスト・シンデレラ」や「昼顔」など現役感に不安のある女が恋によって自信をつける物語はまだまだ需要ありと思っての企画だっただろうに、結果は初回9.9%という残念なことに。いったい、なにがいけなかったのか。

答えはひとつ。
斎藤工である。

斎藤工は亜紀のヒモの、売れてないミュージシャンとして登場し、結局、ほかにも女がいて亜紀を傷つける。
冒頭、ラブラブモードで出てきたところから、絶対こいつ、裏切るって予感がした。そして見事に、裏切った。それも最悪なやり方で。

ヒモはわざわざ書き留めるのもバカバカしい言動をしまくる。
ひとつだけ書くと、ヒモが亜紀を選ばない理由をいろいろ述べているのを横で聞いていた高山に「そういう台詞よく書いたな」と口をはさまれ「うるせえよ」と反応する場面。
メタドラマっぽくて面白いけど、誰かが聞いているところで延々浮気の理由を話すなんてクズ中のクズ。

斎藤工は相変わらずの虚ろな瞳と淡々とした演技で、駄目男を演じきった。

そして、斎藤工をこういうふうに描いたことで、「オトナ女子」は、脆弱な恋愛ドラマとは別の領域に向かおうと宣言したと言えるのだ。

「オトナ女子」が選んだ“俺のやり方”


ドラマ(というか視聴率)のためを思うなら、斎藤工にクズをやらせるわけがない。
彼は、女にとって心地よい愛玩キャラでないと駄目なのはわかりきっているはず。ちくわという名の猫と同じ役割じゃないと。
俳優として意外な面を見せるという高い志は彼には必要ない。少なくともテレビドラマでは。そういうのは、インディーズ映画などでやればいい。
にも関わらず、今回の挑戦だ。


一話の終わり、どん底の亜紀が這い上がって、裏切られない何かを見つけられるか見たくなった高山がこんなことを言う。
「『カジノ』って映画でデニーロがこう言っている。やり方は3つしかない。正しいやり方、間違ったやり方、そして俺のやり方だ」

「オトナ女子」が選んだ“俺のやり方”は、斎藤工をクズ男にしてさっさと特別出演の役割を全う、退場させることによって、愛玩男子を否定するというものだった。
そして彼と一緒に視聴者もたくさん退場してしまったわけだが、それでも“俺のやり方”を貫くか。
ただ、千葉雄大という次なるちくわみたいな男子が控えているようなので、単なる世代交代なだけなのか。だとしたら裏切られた気持ちになるが。このドラマの「やり方」はまだ読めない。
(木俣冬)