●「監督とプロデューサーって、どっちが偉いの?」

 1年に1度ぐらいの割合で聞かれる質問がある。
「映画の監督とプロデューサーって、どっちが偉いの?」
 ・・・ううむ。映画業界で取材したり原稿を書いている身としては、「未だにそういうことが理解されてないのか」と、プチ愕然としたりするけれど、まあ普通の観客にはどっちでも良いことだし。でも見た映画がつまんなかった場合、その映画を演出した人に怒りを向けるべきか、そんな映画を作って世に出したプロデューサーをどやしつけるのか、そういう問題は確かに残るかな。

 だいたいが映画の冒頭に現れるクレジットを見ると、「製作」から「製作総指揮」「プロデューサー」「ライン・プロデューサー」「アソシエイト・プロデューサー」とか「制作」やら「企画プロデューサー」に至るまで、いったい誰がどんな仕事をしているのか、具体的なイメージがさっぱり湧いてこない。誠に持って紛らわしい。それなのに「今、日本映画に足りないのは、優秀なプロデューサーだ」なんてことが、十年一日のごとく叫ばれている。

 一言で言えば、監督とは映画の内容を演出する人のことを指し、プロデューサーとは映画そのものを作るために必要な資金を調達し、スタッフを決めて出演者を揃え、スケジュールと予算を守って作品を完成させ、それを公開して原価を回収し利益を出すように算段をするのが仕事である。簡単に言えば「映画を完成させること」と「映画をヒットさせること」の2つに集約されるわけなのだ。


●『翔んだカップル』ラストのリテイク指示に、相米監督は・・。

 この本の著者である伊地智啓さんは、日活撮影所で助監督としてキャリアをスタートさせるが、日活がロマンポルノ路線へと転向したことを機にプロデューサーへとジョブ・チェンジ。以来日活、キティ・フィルム、セントラル・アーツ、アルゴ・プロジェクトなどで70〜90年代半ばにかけて、数々の傑作、名作を手がけていく。松田優作主演の『最も危険な遊戯』、今なお人気の高い長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』、そして相米慎二監督との『翔んだカップル』『セーラー服と機関銃』『ションベン・ライダー』に、近く復活する『あぶない刑事』シリーズまで、その守備範囲の広さには驚くばかり。特にデビュー作以来、7本でコンビを組んだ相米慎二監督との作品に関するエピソードの数々は、今や伝説となっているほど。

 名コンビとはいうものの、相米監督との仕事は、けっこうなストレスを伴ったらしく、本書で伊地智さんの口から出てくる相米監督評は、辛辣なものばかり。

「(『太陽を盗んだ男』での助監督ぶりに対して)全然頼りにならない(笑)。その一言に尽きてしまうよね。だから結果、お前は思考停止してるのか?ってついに言わざるを得ないくらいに、とにかく話にならないわけですよ」

「相米の映画やってる限りはね、終わればできるだけ早く忘れたいという気がするんだけれど(笑)」

「あんなずるいヤツいないよな!」

 ただし、この伊地智さんの言葉を、額面通りに受け取ってはいけない。映画の現場に於ける監督とプロデューサーの関係とは、時に相棒、時に仮想敵、時に雇用者と被雇用者の上下関係だったりする。伊地智さんが相米監督のクセや欠点を承知し「プロデューサーの仕事というのは、脚本を作って監督に渡すまで」を徹底し、自由な映画作りを許したのも、その才能を高く評価していたからだ。

 そんな関係性を持ってしても、『翔んだカップル』のラストのモグラ叩きのシーンをめぐる顛末は、名プロデューサーを大いに困惑させた。この長いカットに「薬師丸ひろ子のアップが必要だ」とリテイクを指示した伊地智さんに、相米監督は最初に撮影したものとまったく同じように撮り直してきたのだ!! これには、さすがの伊地智さんも面くらった。現在でも完成した映画の良さは認めるものの、あのシーンだけは「アップにしたらもっと良かったと思うけどね(笑)」と、その恨みを忘れていない。


●「製作総指揮? そんなヤツ、現場で顔見たことねーよ!」

 冒頭に述べたように、プロデューサーと一言で言っても、その仕事ぶりや周囲への接し方は様々なスタイルがあるのだが、伊地智さんの場合は企画から作品の完成まで、監督と寄り添いながら、じっくりとコミュニケーションを重ねるタイプだ。完成した映画をどうヒットさせるかと言うことに関しては、配給会社にお任せの姿勢であるあたり、現在の映画製作で言えばライン・プロデューサー的な仕事ぶりと言えるだろう。

 製作者、プロデューサーがなすべき役割としては、作品完成後のケアをもっとやるべきだと僕は思うけど、では今、製作委員会が跋扈する映画作りの中で、伊地智さんのように監督に寄り添ってくれるプロデューサーがどれだけいるだろうか? 製作費を出資した企業の代表であるというだけで、クレジットのトップに「製作総指揮」と、一枚看板で名前が出る。「そんなヤツ、現場で顔見たことないから、知らねーよ」と、撮影現場のスタッフがぼやくのもうなずける。これからプロデューサーの仕事はさらに多様化、複雑化して来るだろうが、伊地智さんのように、作り手と丁寧にコミュニケーションをとるタイプのプロデューサーが、今こそ必要とされているんじゃないかと思うのだ。

(文/斉藤守彦)