今日、20日に名古屋で開幕したハンドボール女子のリオ五輪アジア予選。大会は日本、韓国、中国、カザフスタン、ウズベキスタンの5チーム総当たりで行なわれ、優勝チームが五輪出場権獲得となる。40年ぶりの五輪出場を目指す、ハンドボール女子日本代表"おりひめジャパン"に、五輪出場にかける想いを聞いた――

 五輪出場にかける、それぞれの想いがある。

「リオのために全てをかけようと、やれることは全部やってきました。その想いを、気持ちをコートで表現したいと思います」

 デンマークで武者修行を積み、今年の春に帰国したキャプテンの本多恵(ソニーセミコンダクタ)は、そう言って胸を張った。1枚の五輪出場切符をかけ、最大のライバルとなるのが韓国。その強さをこう分析する。

「韓国は国際大会でメダルを取ると、選手は一生(の生活)を保証されるそうです。彼女たちは人生をかけている」
 
 では日本は、そんな相手に何を武器に戦おうとしているのか? 「五輪出場は私たちの夢です。オリンピックに出たからといって、私たちは将来を保証されるわけではありません。でも、私たちは今日まで積み重ねてきた練習に、日本らしい戦い方に誇りを持っています」
 
 身長160センチの本多は、「日本らしい」と強調した。「ハンドボールは圧倒的に大きい選手が有利な競技。ヨーロッパの強豪は、私と同ポジションの選手は190センチ台です。でも、だからといって身長は伸ばせない。だったら、日本は小さいことを武器に戦うしかない」

 「『ジャパン・ウェイ』と言い始めたのは、ラグビーよりも私たちのほうが早いんじゃないかな」。2012年からチームを率いる栗山雅倫監督は、そう言って笑った。

 「日本は世界どころか、アジアの中でも小さい。『でも、それってビハインドなの?』と考えたんです。大きな選手は足下でゴチャゴチャ動かれるのを嫌がる傾向があります。だったら、小さいことは武器になる。日本は低さで勝負だと」

 ハンドボールのオーソドックスなディフェンスとして、6メートルラインの前に選手を並べるゾーンディフェンスが挙げられる。しかし、身長で劣るチームがゾーンを組むと、ディフェンスの上からシュートを打たれてしまう。

「私は現役時代GKだったので、ディフェンスの上からシュートを打たれると止めようがないことを、イヤというほど体感してきました。じゃあ、小さいチームがどう戦うか? ディフェンスのラインをものすごく高くして、ぶつかりまくるしかない」

 ただ当初、そのアグレッシブすぎるディフェンスは、各方面から批判的な声が上がったという。「そんなディフェンスで1試合もつわけがない」と。しかし、監督の信念は揺るがなかった。

「やらなければ勝負にならない。ならば60分もつかどうか、分からないからやらないのではなく、60分もつ体力をつけたほうがいい」

 おりひめジャパンの代表合宿は、3部練習は当たり前。猛練習の結果、選手たちは非現実的と言われた60分間走り続ける体力を手に入れる。

 そして、2013年の世界選手権では、金・銀・銅メダルを獲得したブラジル、セビリア、デンマークと対戦し、勝つことこそできなかったものの全て接戦を演じ、国際ハンドボール連盟のニュースページに、そのアグレッシブな戦いぶりが取り上げられた。高い位置からプレッシャーをかけ続けるジャパン・ウェイのディフェンスは、いつしか『スーパーセル』呼ばれ、今ではディフェンス・システムのひとつとなっている。

 徐々に力をつけた、おりひめジャパン。栗山監督は言う。

「就任以来およそ3年半、見据えていたのは、この予選だけ。ここだけです」

 では打倒・韓国に向け、キープレーヤーになるのは誰か?

「ひとりじゃ打開できない局面を、グループで、チームで打開していくのが日本の特徴です。だから、キープレーヤーがぼやければぼやけるほど、いいのかなと思います。ただ、私に小ささが武器になると確信させてくれたのは、横嶋かおる(北國銀行)であり、石立真悠子(フェヘールバール/ハンガリー.)です。彼女たちが日本の戦術のベースを作ります。他には、原希美(三重バイオレットアイリス)や、松村杏里(広島メイプルレッズ)ら若手が、ガンガン相手ディフェンスの間を割っていったら面白いなと思います」。そして、こう続けた。

「世界のトップゾーンにいる韓国に勝つということは、五輪でも上位を賑わすことができるということです」

 栗山雅倫監督に「日本の小ささが武器になる」と確信させた横嶋のポジションは、本来なら大柄な選手が務めるピヴォットプレーヤー(ポストプレーヤー)。身長161センチしかない横嶋は、高さを走力でカバーする。通常1試合、選手は6〜7キロ走るとされるハンドボールで、彼女は1試合で10キロを走り切る。

「日本の武器は機動力なので、とにかく走らないと。止まっていたら身長が低い私は、オフェンスもディフェンスも通用しない。ホントは走るの嫌いなんですけどね(笑)。でも勝つために、チームのために走ります」

 4年前、横嶋は大きな挫折を経験している。ロンドン五輪予選直前、彼女は代表メンバーから漏れし、さらにその後、アキレス腱断裂という重傷を負う。一時は引退すら頭をよぎるも、彼女は踏みとどまった。

「ここでやめたら後悔するだろうなって。大きい大会で優勝もしてない。五輪予選にも、本戦にも出たこともない。やめても後悔しなくなるまで続けようと決めたら、今日になっていました」

 代表落ちとアキレス腱断裂、「つらかったのはどちらか?」と聞くと、彼女は「代表に入れなかったこと」と即答した。

「でも、4年前の予選にもし出られていたら、その後にアキレス腱を切ったタイミングで引退していたと思うんです。あの日、代表に選ばれなかったからこそ、『頑張ろう。私の小ささを生かそう』と思えたんです。挫折があってこそ今があります。もちろんこんなこと、当時は思ってなかったですけどね(笑)。振り返れば、そこにストーリーができていたという感じです」

 その物語のクライマックスは、25日の対韓国戦になることは間違いない。

 一度は終わった物語が、再び動き出したのが藤井紫緒(宣真高等学校教員)だ。藤井は3月に現役引退を表明。母校で保健体育の教員となった。しかし、9月1日の合宿から代表に招集され、現役復帰している。

「もちろん復帰する気はありませんでした。でも、代表の試合が終わるたびに、キャプテンや石立から『ロングシュートが打てる選手が必要』『左利きが少ない。あなたが必要』って連絡をもらって。監督からも、『機動力と得点力のために、おまえが必要だ』と言われ復帰を決めました。学校の先生方から、『オリンピック予選に参加できるのは、誰にでもできることじゃないよ。行っておいで』と言っていただけたのも大きかったです」

 さらに、生徒たちが藤井の背中を押した。

「『先生を誇りに思う。カッコいい姿、見せてください』って言われました」

 藤井が教え子に背中を押されたなら、愛娘に背中を押されるのは、日本リーグ歴代最多1394得点の記録を持つ"レジェンド"田中美音子(ソニーセミコンダクタ)だ。40歳の田中は、今年3月のアジア選手権で主力選手の故障欠場の穴を埋めるため7年ぶりに代表に招集され、今予選も代表メンバーに名を連ねた。

「私の経験がチームの役に立てばとは思いましたが、長い間、代表も世界も見て来ていない。メンバーも知らない人が多い。子どものこともあるので、代表に呼ばれることは不安も多かったです」
 
 小学1年生の娘もまた、合宿に向かう母に「何回寝たら会えるの?」と不安そうに言ったという。ただ、「私もハンドボールをやりたい」とも田中は言われた。

「試合会場に娘も来ます。五輪行きを決めても、まだどれだけすごいことかわからないと思う(笑)。でも、勝敗はわかるんで勝ちたいですね。五輪出場だけなんです。選手として叶えてない夢は。5度目の挑戦なんで、いいかげん本戦に行きたいですね」
 
 監督期待の若手・松村は、田中が初めてシドニー五輪予選に挑んだ時、8歳だった。

「いよいよ始まるなって。予選を日本でできるのは大きいと思います。私、観客が多いほうが燃えるんで。きっと大きな声援を心強く感じるはずです」

 最後に横嶋が言った。「五輪行きを決めるであろう最終戦の韓国戦(25日)は、紙一重の戦いになると思います。最後は勝ちたい気持ちの強いほうが勝つ。負ける気はしないです」

 "おりひめジャパン"というネーミングについて聞くと、彼女たちは「かわいいですよね」と、少し恥じらいながら口々に言った。

 彼女たちの目前に、天の川が流れているとしよう。40年ぶりに、その大河を渡り切れば、その先に待つのは情熱の国ブラジルのリオデジャネイロだ。ライバル韓国を倒し、五輪への切符を手にするだけではない。おりひめジャパン、来夏、世界を驚かせる準備はできている。

水野光博●文 text by Mizuno Mitsuhiro