丸山祐市【写真:Getty Images】

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湘南でのキツイ練習にも耐えた

 明治安田生命J1リーグ2ndステージ第14節が17日に行われ、FC東京は湘南ベルマーレに1-2で敗れた。FC東京のCBを務める丸山祐市は、この試合を特別な思いで迎えた。

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 90分間足を止めず、攻守に渡ってアグレッシブに走り続ける。足がつってもすぐに立ち上がり、何事もなかったかのようにボールを追いかける。疲労困憊の時間でも、もう一歩が出る。それが湘南ベルマーレというチームだ。

 そうしたスタイルのチームの練習が、楽なはずはない。丸山祐市は昨シーズン、相模川の河川敷にある馬入グラウンドで、死に物狂いで走っていた。

「みんなハァハァ言いながらやってましたよ」。そう言って苦笑する丸山だが、ただキツイだけではない。サッカーはボールを扱うスポーツという原則からかけ離れたトレーニングはなかった。

「サッカーの楽しさというか、ボールを蹴ることが一番楽しいじゃないですか。素走りみたいなのはシーズン入ってからちょっとだけありましたけど、ボールを蹴りながらサッカー体力みたいなものをつけていったので、キツイけど自分たちのためにやってくれているという思いがありました」

 チョウ・キジェ監督に率いられた湘南は2014年、破竹の勢いと安定感、相手をねじ伏せる破壊力を見せつけた。開幕14連勝や最終勝ち点101獲得など、J2を一気に駆け抜けた。勝って勝って勝ちまくる。次の試合が楽しみで仕方がない。プロとしてこれ以上ない好循環は、日々の厳しい練習が原点にある。

「ずっと結果がついてきていたので、信じてやり続けることができた。練習でやっているから試合でもできるという証明にもなっていたと思うので、練習がキツイのはもちろんですけど、そこは信じてやり続けた1年間だった」

FC東京での最初の2年間はほとんど試合に絡めず

 今やFC東京の主力CBとなった丸山だが、それは最近のことだ。開幕当初は試合途中にピッチへ入ることもあったが、次第にわずかな出場機会も失いベンチが定位置となっていった。6月にカニーニが退団したものの、依然として森重真人、吉本一謙の後塵を拝していた。また、左SBとしても太田宏介の壁は高かった。それでも練習からアピールし、限定的ではありながらも試合に出れば堅実な守備を見せていた。

 きっかけは、2ndステージ第4節の鹿島アントラーズ戦だ。左SBでスタメン出場を果たすと後半はセンターでプレー。この試合を機に、最終ラインの中央で森重とコンビを組むことになった。

 FC東京の下部組織で中学時代を過ごし、國學院久我山高校を経て明治大学へ進学。大学3年頃から本格的に頭角を現し、2011年のユニバーシアードでは金メダル獲得に貢献。気がつけば、大学ナンバーワンDFという評価を得るまでになっていた。

 進化を遂げた丸山は2012年、FC東京入団を果たし、再び“青赤”のユニフォーを身に纏うことになる。だが、即戦力として期待された左利きのディフェンダーは思うように試合に絡めない。リーグ戦で出番を得るにはアピールが足りず、1年目に3試合に出場したが、翌年はゼロ。ポジション争いの中で、丸山は埋没しかけていた。

本当の意味での“プロ選手”となった湘南時代

 そこに舞い込んできた湘南への期限付き移籍。2013年のJ1を16位で終え、J2降格を余儀なくされたチームは、1年での復帰を誓った。湘南にとっても丸山にとっても2014年は再出発の年だった。武者修行に出た丸山は、ここでプロとしての礎を築いた。練習は確かに過酷だった。だが先述の通り、チョウ監督の下でサッカーの楽しさを思い出し、自信も取り戻していった。

 3バックの中央で起用されると、183cmの高さで制空権を握り、左足から繰り出される精度の高いキックでチャンスを産み出した。全員攻撃・全員守備のスタイルの湘南にあって、とりわけ一気呵成のカウンターは相手を震え上がらせた。文字どおり全員がゴールに迫る勢いを見せる中で、丸山はバランスを取りながら“カウンター返し”を未然に防いだ。

 この年のJ2で41試合に出場した丸山は、完全にプロのサッカー選手となった。湘南でガムシャラにプレーしたこの1年について問うと、「すごく有意義な時間を過ごさせてもらった」と振り返り、こう続けた。

「サッカー選手にとっては、やはり試合に出ないと意味がないです。それでご飯を食べているので。例えばフィジカルコンディションのことを言えば、試合に出続けられたことが良かったと思う。また、メンタルコンディションの部分でも責任感が芽生えました。よく言われる『チームのために』という意識が、試合に出ることによって生まれる。気持ち的な部分もそうだし、技術的な、サッカー選手としてのピッチ内外での成長ができた」

FC東京でレギュラーに定着

 湘南で心身ともに成長し、FC東京に戻ってからもあの時間を無駄にしなかったからこそ、現在J1優勝を争うチームのレギュラーとして定着している。だからこそ、一皮むけた姿をチョウ監督や元チームメイト、そして湘南サポーターに示したかった。

「東京に帰る決断を許してくれた湘南の人たちにも『丸山が東京に戻って成長してるな』と思ってもらえるようなプレーをしたい」

 湘南戦の前日、丸山はこんなことを話していた。もちろん、FC東京の勝利のために全力を尽くすのは言うまでもないが、“湘南で日々があったから今がある”という姿を見せたかった。

 強い想いを持って試合の日を迎えた。選手紹介の時に丸山の名前が呼ばれると、アウェイ側のゴール裏からも大きな拍手が起こった。丸山がこの試合を楽しみにしていたように、湘南サポーターも丸山のプレーを見られることが嬉しかったのではないか。

 FC東京の勝利に貢献することで自身の成長を示したかったが、結果は1-2の敗戦となった。湘南は右サイドに藤田征也と古林将太を同時起用し、徹底してFC東京の左を狙ってきた。そして湘南の2点目はそこから生まれる。55分、藤田征也が高速クロスを送ると、菊池大介がネットに突き刺した。外につり出された丸山は、藤田のクロスを止めようと懸命にスライディングに行ったが、わずかに届かなかった。

 この試合、湘南が先制点を奪ったことでFC東京は前がかりにならざるを得なくなった。互いにゴールを目指したことで、ボルテージはどんどん上昇していった。丸山も熱い気持ちを前面に出しながら、冷静に自身の仕事を遂行していった。

 35分、FC東京はヒヤリとする場面を迎えている。湘南の縦パスがキリノへ送られた時、対応に向かった森重が芝に足を取られ転倒してしまう。そのままキリノがゴールへ突進するところで、青赤のユニフォームが一気に距離を詰める。丸山だった。身体を投げ出してシュートをブロックし、ピンチを防いだ。

支えられる側から支える側へ

 DF同士サポートし合うのは鉄則だが、仮に森重が転倒していなければ、そこでボールはカットできていただろう。だが、こうした不測の事態にあっても丸山は集中力を高く保ち、迅速にカバーへと走った。味方を助ける存在になりたい、という彼の思いがプレーに表れたシーンだった。

「自分の周りにいる人たちがすごい人たちばかりなので、毎日がとてもいい勉強になっている」

 共に最終ラインを構成するのは森重、太田、徳永悠平といった面々で、いずれも日本を代表するトッププレーヤーたちだ。

「試合に出ている以上は自分のパフォーマンスもしっかり出さないといけない。少しでも周りの人たちに迷惑がかからないように。以前は、変なプレーをして『アイツをカバーしなくちゃいけない』という思いをさせないようにしている状態でした」

 経験豊富な先輩たちに支えられてばかりの時期はもう過ぎ去った。チームをピンチから救ったプレーは、丸山が支える側としてなくてはならない存在であることを物語る。

 前半終盤に森重が負傷交代で退くと、後半は最終ラインの要として踏ん張った。「自分が出始めた時は真人さんに助けられていたという感じがありましたけど、今はそういう気持ちじゃない」。試合後、丸山はそう強く言った。チームの主軸となったことへの自覚が垣間見えた。

 CBのレギュラーとして定着し、追加招集ながら日本代表にも初選出された。FC東京復帰後も自分を信じて努力を怠らず、マッシモ・フィッカデンティ監督の守備戦術を吸収してきたからこそ、丸山はJ1最少29失点を誇るチームでスタメンを張っている。

 同時に、湘南での経験も輝きを放つ。一人のプロ選手として覚醒した背景には、チョウ監督と出会い、遮二無二走り、試合に出場することの意義を再確認した湘南での1年が間違いなくあった。

text by 青木務