『書き下ろし日本SFコレクション NOVA+:屍者たちの帝国 (河出文庫 お)』河出書房新社

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 伊藤計劃の三作品をアニメ化する「Project Itoh」と連動し、版元をまたいでの出版企画が相次いでいる。本書もそのひとつだ。オリジナル・アンソロジー『NOVA+』(昨秋に第一弾『NOVA+ バベル』が刊行、本欄でも紹介)を一冊まるごと『屍者の帝国』競作にあてるという、ちょっと荒技の編集だ。いや、機を見るに敏というべきか。

 先にハヤカワ文庫から出た『伊藤計劃トリビュート』も「Project Itoh」連動アンソロジーだが、そちらは伊藤計劃が提起したテーマ群を中堅若手作家が継承し、それぞれ独自の設定を起こしていた。いっぽうこちらの『屍者たちの帝国』は、伊藤計劃が敷いた設定(作品を仕上げたのは円城塔だが)を踏襲したシェアワールドだ。死体を復活させて労働や兵役に用いる「屍者テクノロジー」を主軸として、十九世紀末という時代背景、スチームパンク風の小道具、実在/虚構を取りまぜて個性的なキャラクターなど、本篇から自在に借りている。しかし、参加しているのは創意と膂力に優れた書き手ばかり。いわゆる二次創作の域にとどまらない強烈なオリジナリティが横溢している。

 いちばんの注目株は最若手の坂永雄一。この「ジャングルの物語、その他の物語」が商業媒体に発表する第二作だというから恐れ入る。屍者制御技術(ネクロウェア)の発展・浸透によってハードウェアとしての屍者がほぼ不要になった時代(「最終戦争」から半世紀後)から語りはじめる。いわば「屍者の帝国」の落日であり、新しい世界秩序(あるいは無秩序?)の胎動だ。この〈現時点〉が枠であり、そのなかに〈過去の物語〉----屍者が新鮮だった1904年、屍者が時代遅れの玩物となりさがった1925年、その境目にあたる「最終戦争」勃発の1914年----がはめこまれる構成だ。歴史の変転を捉えるアイロニカルな視線がまず新鮮だが、そのうえにもう一段の仕掛けが凝らされている。〈過去の物語〉に〈名作児童文学〉を二重露出しているのだ。それも二本。ひとつはキプリングの『ジャングル・ブック』で、こちらは作中でも早い段階で明示される。もうひとつはクライマックスまで伏せられているが、それが明らかになったとたん、読者はだまし絵の衝撃を覚える。一枚の絵のなかに別々の図が潜んでいたのだ。ここで語られているのは、想像力(少年の夢想)の祝福であり、フィクション(流通・消費される物語)の暴力だ。

 もともとの『屍者の帝国』は先行作品をいくつもパロディ的に取りこんでいたが、高野史緒「小ねずみと童貞と復活した女」はその密度をさらに高め、絢爛なパッチワークを実現する。ベリャーエフ、キイス、レム、ハミルトン......とネタを畳みこむ妙技に舌を巻くが、そのなかの中軸はドストエフスキーの『白痴』だ。といっても単純な後日譚ではなく、『白痴』のふたりの主人公ムイシュキンとロゴージンそれぞれの視点から『白痴』の謎が再解釈される。この作品では、屍者技術がグロテスクな記憶再生装置、残酷な時間再演装置として機能する。

 仁木稔「神の御名は黙して唱えよ」は、イスラム圏へ流入した屍者制御技術の顛末を描く。イスラム神秘主義のカルガリー師は「屍者には自我意識がなく、その状態はわれらが目ざした境地に等しい。生前に何者であったかにかかわらず、屍者はムスリムとして遇すべきだ」と考える。しかし、一般のムスリムは屍者はジン(精霊)が取り憑いた死体だと忌む。こうした受容の幅が生々しい。仁木稔は『伊藤計劃トリビュート』にも未来のアマゾンを舞台とした「にんげんのくに Le Milieu Humain」作品を寄せていた。この作家は異郷を舞台としても表面的なエキゾチズムに流れず、つねに文化の本質を見据えている。

 藤井太洋も『伊藤計劃トリビュート』につづいての登場となる。本書に寄せた「従卒トム」は幕末の日本が舞台だ。江戸攻略を目ざす西郷隆盛はアメリカの屍兵部隊を雇う。ふつうの屍兵は木偶の坊だが、この部隊は訓練されており戦術によって行動する。統率しているトム(彼はれっきとした生者だ)は黒人奴隷出身だが、いまは自由の身になっている。しかも白人の屍兵に鞭を振るう立場だ。屍兵部隊と剣の達人との鍔迫り合いあり西郷隆盛と勝海舟との駆け引きあり、痛快な伝奇小説そのものなのだが、トムと彼が特別に扱っている一体の屍兵の関係がひとすじの余韻を残す。

 津原泰水「エリス、聞えるか?」は、聴衆の情欲を喚起する交響曲をめぐる奇譚。屍者に作曲をさせるところにひねりがあるが、物語は森鴎外『舞姫』に接続して謎めいた結末を迎える。宮部みゆき「海神の裔」は、漁村にたどりついた英国由来の屍者が村人から神様として奉られる。その経緯がひとりの老女の証言として明かされ、言葉のはしばしに感情の襞がのぞく。津原作品も宮部作品も小品ながら、語り口に特長があって一読忘れられない印象を残す。至芸というべきだろう。

 そのいっぽう、いちばんのベテランである山田正紀がなんとも若々しい力業を見せつけてくれる。「石に漱ぎて滅びなば」の主人公は若き夏目漱石。英国留学中、国際的な謀略に巻きこまれロンドン塔に捉えられてしまう。スパイ・サスペンスの緊迫のなかで、意外なキャラクターが脇役として登場していたり、古き良き冒険活劇みたいなムチャなアクションがあったり、ちょっとやりすぎなところが面白い。

 山田作品ほどクセはないけれど、北原尚彦「屍者狩り大佐」も愉快なエンターテインメント。『屍者の帝国』と同じくジョン・ワトスンを語り手として本篇のエピソードとエピソードのあいだを埋める、ファン・フィクションの王道とも言えるアプローチだ。《シャーロック・ホームズ》の要素もふんだんに凝らされている。この作品でワトスンが遭遇するのは、猛獣に屍者技術を応用して誕生したモンスターだ。弾丸は効かないので制御コードを直接打ちこむしかないのだが、鋭い牙と爪を備え激しく動きまわる相手にうかつに近づくことはできない。解決策は、あっと驚くアクロバット。

 というわけで趣向もさまざまな八篇。巻末には円城塔のインタビューが収録されている。

(牧眞司)