■盛りあげよう!東京パラリンピック2020(37)

 負けたら、リオに行けない――。エースでキャプテンとふたつの重責を背負う藤本怜央は、勝利の瞬間、安堵の涙を流した。その隣には、もうひとりのエースで副キャプテン、香西(こうざい)宏昭の姿があった。

 車椅子バスケットボールのリオパラリンピック最終予選である「三菱電機2015 IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉」は17日、千葉ポートアリーナで男子の3位決定戦が行なわれた。日本がライバル韓国を80-56で下し、ラスト1枚だった切符を獲得し、11大会連続となるパラリンピックの出場を決めた。

 苦しい大会だった。リオの出場権を掴むためには、ロンドンパラ後に就任した及川晋平ヘッドコーチ(HC)のチームになってから、ただ一度も勝利したことがない韓国を倒さなければならなかった。

 それでも大会2日目予選ラウンド、精鋭5人のメンバーで戦う韓国に対し、ユニットを入れ替えながら粘り強くディフェンスを続けた日本が55-48で勝利。

 ここからチームは波に乗るかと思われたが、その後、予選ラウンド1位通過が濃厚になったところで、格下の中国に61-64でまさかの敗戦。予選ラウンドを2位で終え、決勝トーナメントに進出した日本は、準々決勝に勝利した後、リオパラの出場権をかけて争う準決勝を、世界一のオーストラリアと戦うことになった。

 藤本はパラリンピックに過去3回出場しているベテランである。それでもオーストラリア戦を目前にし、体育館に入った大黒柱は震えていた。

「試合のことを考えると恐ろしくなってきて......朝起きたときから緊張したのは初めてでした。でも、キャプテンとしての立場があるので、チームに自分の感情は入れたくない。『緊張している』とは言えませんでした」

 そんな藤本が唯一、「試合が怖い」と胸の内を明かした相手が、もうひとりのエース香西だった。

「怜央くん、俺も怖いよ」と、実際香西もこの試合に重圧を感じていたという。

 藤本はそれを聞いて「何かほっとした」と振り返る。同じ場面で緊張する"相棒"と、エースとしての重荷を分散できたことで、動きの硬かった藤本は、いつもの自分を取り戻していった。

「ふたりともエースという自覚があるからこそ、日本代表の重みを分け合える。宏昭とジャパンで一緒にやれていることは僕の強みだと思いました」と藤本が言えば、「『俺たちがエースだから、俺たちがシュートを決めなければ』とふたりで話したことはないけれど、口にしないだけでお互いよくわかっている。そのときの感情を言い合えるいい関係になってきたと思います」と香西が語る。

 藤本のシュート確率が下がった場面で、香西が3ポイントを決める。香西がマークされれば、逆サイドの藤本にパスを出す。「チームを鼓舞するのも、パスの出しどころも、この試合はすべて宏昭に任せきりだった。でも、難しい局面は『怜央くん、頼むよ』ってパスが来る。この関係を待ち望んでいたような気がします」

 結局、オーストラリアには70-41で完敗したが、世界チャンピオンにしっかり向き合えたことで、藤本は「わくわくしながら」3位決定戦を迎えることができたという。

 再び韓国と対戦した3位決定戦は、一進一退の展開から始まり、一時は9点差をつけられた日本だが、リードを許してもリズムを崩さず繰り返しシュートを打ち続け、韓国のスタメンの体力を消耗させることに成功した。

「僕がうまくいかないときは怜央くんが決めてくれるんです」と香西が言うように、そんな大一番でもふたりの連携は光り、チームを牽引した。「ふたりで助け合ってやってくれて心強い限りでした」と及川HCも評価した。

 27歳の香西が13歳の頃から「仲良くしてもらっている」という、32歳の藤本は昨年、プロ選手としてドイツリーグでプレーする香西と同じチームに加入。ドイツでは、同じ建物の、車いす一漕ぎ分という距離の部屋で生活をともにし、試合の後はコーヒーやビールを飲みながら語り合う。その時間が、互いに何でも言い合える関係を生んだ。

「海外への挑戦は、この最終予選、そして宏昭とのコンビネーションを磨くためだった」と藤本は語った。

 今大会の力強いファーストラインの中核を作り上げたふたりは、20日、強豪ひしめく欧州に再び旅立つ。

「代表はではふたりの調子がいいという試合があまりない。でも、ふたりとも安定したプレーができるようになれば、日本はさらに強くなるということ。ドイツのチームは、日本代表と動き方は違うけれど、逆サイドの怜央くんを見ながらプレーするのは、いい練習になるし、リオまでの間にもっともっと磨いていけたらなと思います」と、決意を新たに語った香西。

 ふたりのエースの挑戦が、日本をメダルに近づける。

瀬長あすか●取材・文 text by Senaga Asuka