東京ヴェルディ
■永井秀樹インタビュー(前編)

 クラブハウスの応接室に入ってきた彼は、着席しようと椅子を引きながら広報担当者に呼びかけ、水を持ってくるように頼んだ。

「コーヒーにしますか?」

 広報が気を利かせたが、彼は即座に断った。

「薬を飲むから、水にして」

 彼がそう伝えると、広報は退室した。ポケットから錠剤を二錠取り出した彼は、苦笑混じりに言った。

「どうやら、左の肋骨が折れちゃったみたいでさ。先週の試合(J2リーグ第35節/10月4日vsコンサドーレ札幌)で接触があってね。まあ、相手も悪気があった訳じゃないし、バキッとなったから『やばいかな』とは思っていたんだけどさ。まあ、サッカーを続けていたら、みんなどこか痛いもんでしょ? このくらいが、サッカー選手らしくていいよ」

 あけすけに彼は言い、錠剤を水で飲み込んだ。

 永井秀樹は、44歳で現役サッカー選手を続ける。所属する東京ヴェルディでは今季、試合の流れを変える切り札として、16試合に出場(10月10日、第36節終了時点)。プロサッカー選手の平均年齢が26〜27歳と言われる中、現役最年長記録を更新し続ける48歳の三浦知良(横浜FC)と並んで、異例の存在と言えるだろう。監督の1学年上で、札幌戦で交代した選手は19歳と、まるで息子のような年齢差だった。

 1992年、永井はヴェルディ川崎(現在の東京ヴェルディ)に入団している。三浦知良、ラモス瑠偉、武田修宏、北澤豪、柱谷哲二らと2年連続のJリーグ年間王者、3年連続のナビスコカップ優勝を達成。「格好良くて強い」が代名詞だったヴェルディ黄金期の一員だった。

 1995年からは、福岡ブルックス(現在のアビスパ福岡)、清水エスパルス、横浜フリューゲルス、横浜F・マリノスなど、複数のクラブを渡り歩いた。その間、ナビスコカップ、天皇杯、Jリーグのステージ優勝など、各クラブで経験。2003年にはヴェルディを自ら退団後、1年間の浪人生活を送るも、2004年からは地元の大分トリニータで復帰している。そこからは、FC琉球、東京ヴェルディを行き交い、現役プロ生活24年目になる。

「『44歳になって、よくサッカーできますね?』と驚かれるんです。でも正直、自分はフツーにやっているだけなんですよ。秘訣なんて何もない」

 永井は肩を竦(すく)めて言う。

「強いて言えば、理不尽の連続に耐えられる、というのはあるかもね。国見高校での3年間の貯金が一番大きい。今のユース年代は週末に試合があったら、月曜は休みになったりしますけど、国見は一年365日で、休みはお盆の一日だけ。朝練して、夜も練習。夏休みは朝8時から夜6時まで、ひとつだけテーマを決めて、例えばサイドの1対2で挟み込むというメニューを延々とやる。週末は、1日3試合は当たり前。(学校の裏にある)たぬき山を10km走るんだけど、これが少しもサボれない。町中に情報網が張り巡らされているから(笑)。今考えるとフツーじゃないと思うけど、あの3年間があったから、自信がついた。理不尽なことも多かったけど、だから今もやれているんじゃないかと思うんですよ」

 練習は効率的ではなかった。しかしだからこそ、最大限まで戦闘力が高められたのかもしれない。効率性は非合理性に弱いのだ。

「社会に出ると、理論だけでは戦えないんですよ。何が起こってもおかしくない。だから、プロはメンタルが大事。ただ、自分の経験をそのまま若い選手に伝えても、今は通じない。やっぱり時代が違うからね。『根性』と言われても、10代の子たちは本当の意味で、それを理解できないと思う。夏の炎天下で意味もなくグラウンドを100周する、という経験はないわけですから」

 不条理な環境の中でも、彼はサッカーが大好きだった。Jリーグがないときから、マラドーナに憧れ、サッカー選手になることしか頭になかったという。小学校の頃、『おまえは上手いけど、チビだから無理だ』と言われるとスイッチが入った。"できるわけねぇだろ"と決めつけられると、むしろ燃えた。サッカーを究める、その思いは誰よりも深かった。それこそが、彼の異能なのかもしれない。

「サッカーが人よりも好き過ぎるんだろうね。その意味では"変人"ですよ(笑)。朝起きて練習に行きたくない、とか思ったことはないから。もちろん、サッカーをやめようと思ったこともない」

 永井は、少年のように無邪気な顔をして言う。その生き方に狷介(けんかい)さは見えず、常に前向きであり続けてきた。

「昔は取材を受けたとき、『30歳でやめます!』とか、自分で言っているんですよ。『なに言ってんだよ、こいつ』と今なら思うよね(笑)。もちろん、本心じゃない。当時は、『サッカーが好きです』というのが恥ずかしかった。ちやほやされて、すかしていたから。その印象か、今も『イメージが違いますね』とインタビューで言われます。44歳まで現役を続けて、サッカーが嫌いなわけない(笑)。サッカーの話なら、朝まで話し込むこともありますよ」

 昔は遊び場には顔を出していたものの、それも見せかけだけだった。以前から、酒はほぼ口にしていない。"大酒飲みが長く現役を続けられるわけはない"とぼんやり思っていたからだ。

「サッカーなしの人生なんて考えられない」

 なんのことはない、根っからのサッカー少年なのである。

小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki