反町康治監督【写真:Getty Images】

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「すぐにカラータイマーが鳴ってしまうという意味を込めてのウルトラマン」

 慣れ親しんだ東京ヴェルディを飛び出し、期限付き移籍で松本山雅FCへ移って約10ヶ月。反町康治監督に課されたハードメニューで危険な左足に磨きをかけたMF前田直輝は、類希な潜在能力を開花させつつある。J1残留争いで正念場を迎えたチームで、そして来年のリオデジャネイロ五輪出場をかけたU‐22日本代表での戦いで。救世主「ウルトラマン」になる瞬間を信じて、20歳のホープは走り続ける。

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 新天地・松本山雅FCの一員になってから間もないころに、MF前田直輝は反町康治監督からこんなニックネームをつけられている。

「ウルトラマン」

 平成6年生まれの前田にとっては、昭和の高度成長期に大ヒットした「ウルトラマン」に込められた意味がおそらくわからなかったはずだ。

 苦笑いしながら、反町監督が理由を説明してくれたことがある。

「試合の流れから消えている時間が多いから、すぐにカラータイマーが鳴ってしまうという意味を込めて、ウルトラマンと言ったんだよね」

 もっとも、自らラブコールを送り、東京ヴェルディで3シーズン目を迎えようとしていた20歳の前田を期限付き移籍でチームに迎え入れたのも反町監督だった。

 ヴェルディの育成組織で小学校4年生のときから磨かれてきた、繊細かつ大胆なボールタッチ。右タッチライン際から高速ドリブルでカットインして、強烈なミドルシュートを放つ利き足の左足は相手を畏怖させる潜在能力を秘めている。

 前田は昨シーズン、19歳にして副キャプテンを務めていた。ヴェルディがかける期待の大きさが伝わってくるが、一方で自分自身を客観的に見つめてもいた。

「自分を変えたい」

 だからこそ、松本から届いたオファーに移籍を即決する。J2の舞台で対戦してきた松本の一員になれば、抱える課題を必ず解消できると信じたからだ。

「このチームはスプリントの量が多いし、球際の強さというものもある。自分に一番足りないものであり、そこを強くしたいと思ったので」

「ウルトラマン」となった天皇杯3回戦のFK弾

 もっとも、覚悟はしていたが、それでも反町監督に課されるメニューの過酷さは想像をはるかに超越していた。ボールを使うことなく、ひたすら走るだけで終わった開幕前のキャンプでは、一日で走破する距離が10kmを超えることも珍しくなかった。

「なかにはふて腐れながら走っている選手もいたけど、文句を言いながらも明るく楽しくやっていました」

 J1でも屈指のハードワーク軍団の象徴にして心臓をなすMF岩上祐三から、こんな言葉を聞いたことがある。さしずめ前田は「ふて腐れていた」組の一人となるだろうか。

「こんなこと(走ること)をやっていて、本当に必要あるのかなと。きつすぎる、ボールを使わせてくれよと思ったこともありました」

 もっとも、時間の経過とともにこう考えるようになった。

「すべては自分のためだと思ってやるようにしました」

 反町監督の言う「ウルトラマン」には、別の意味も込められていたはずだ。ピンチのときに地上に降り立つ救世主。負けることのない無敵のヒーロー。

 10月10日。Shonan BMWスタジアム平塚で行われた湘南ベルマーレとの天皇杯3回戦で、前田はまさに「ウルトラマン」となった。

 先制点を許してから4分後の前半18分。敵陣で直接フリーキックのチャンスを得るも、松本は右足から正確無比なキックを繰り出す司令塔の岩上をけがで欠いていた。

 ゴールまでの距離は約25m。前田の左足に秘められた破壊力に、チームは期待を託した。MF工藤浩平とDF安藤淳がボールを小さく動かし、その間にFWオビナが囮でボールをまたぐ。

 ベルマーレのGKイ・スホンが体勢をわずかに崩した瞬間に、勢いをつけて走り込んできた前田が左足を振り抜く。地をはうような低い弾道はカーブの軌道を描きながら、イ・スホンが必死に差し出した左手をかすめてゴールの右隅に突き刺さった。

急成長を遂げ、U-22日本代表にも招集

 ベルマーレ戦の前日練習を終えた直後。岩上の欠場を受けて、何人か選手たちが自主的に居残ってパターンを確認したトリックプレーのひとつが鮮やかに決まった。

「けっこう距離があったんですけど、オビナと僕のシュート力を信じてくれたので」

 ちょっぴり笑顔を浮かべながら、後半に2ゴールを奪い、勝利と通算3度目の天皇杯4回戦進出をもぎ取る呼び水となった殊勲の同点ゴールを前田はこう振り返る。

「(岩上)祐三君が出ないということで、フリーキックにクッションを入れなきゃいけないとなって。ちょっと緩いかなと思ったんですけど、タイミングがずれたんですかね。素晴らしいシュートとは言えないですけど、とりあえず入ってよかった。たとえ失点しても、そこからの10分、20分が大事だと話していたので」

 ファーストステージでは1試合をリザーブで終えただけで、残る16試合すべてで初体験のJ1のピッチに立ってきた。第6節以降はコンスタントに先発にも名前を連ね、右サイドからカットインして左足を振り抜く最強のパターンで2つのゴールも決めた。

 急成長を遂げている軌跡が評価されたのだろう。7月1日に行われたU‐22コスタリカ代表との国際親善試合。U‐22日本代表に初めて招集された前田は、先発にも名前を連ねて後半9分までプレーした。

 代表候補合宿に呼んだことのある前田に対して、U‐22日本代表を率いる手倉森誠監督は「変わったな」と声をかけたという。

 175cm、66kgのボディに搭載された潜在能力が解き放たれつつある過程で、反町監督は「最近はカラータイマーが鳴らなくなった」と振り返ったことがある。

「本人も自覚していたんだろうね。プレーに関与する時間が増えてきたし、その結果として代表にも選ばれたことは、直輝にとっても大きな自信になったんじゃないかな」

「まだまだ“惜しい選手”で終わっている」

 たとえどんなに素晴らしい才能をもっていても、ハードワークを体現できるフィジカルとメンタルがなければ宝の持ち腐れになる。『フットボールサミット第31回 雷鳥は頂を目指す』におけるインタビュー取材で、反町監督は独特の表現で前田にこう言及している。

「いままでは自分の好きなことだけをやっていればいい、というプレースタイルだった。ただ、(直輝を含めた)選手たちによく言っているのは、サッカー界でそんな特権を与えられているのはメッシだけだぞと。メッシの領域まで到達できないのならば、攻撃でも守備でもチームのために必要なことをしっかりやらなきゃいけないと常々伝えてきた」

 ヴェルディではお山の大将的な存在だった。子どものころから慣れ親しんだチームを飛び出し、過酷な環境に身を置いたときに、前田は初めて自分自身を見つめ直すことができた。

 前田の現状に対して、クラブ関係者が冗談まじりで「彼は更生中」と言ったことがある。独り善がり的なプレーが、まさに献身的なそれに変わりつつある過程にいたことを指していたのだろう。

 ベルマーレとの天皇杯。後半に入って2点をリードすると、前田はマイボールになるたびに前線へ飛び出し、左右のタッチライン際で体を張る仕事に徹した。

 ボールキープに徹し、味方の攻め上がりを待ってカウンターの起点になる。あるいは、自ら仕掛けてドリブルで抜け出し、チームにさらなる前への推進力を与える。

 余計なシザースフェイントを試みてボールを失い、逆にカウンターを食らう場面もあった。それでも、前田のこの言葉を聞けば、ホープの思考回路が猛スピードで変化を遂げていることがわかる。

「まだまだ“惜しい選手”で終わっている」

最大の目標は「日本のトップ15に入る」

 反町体制になって4シーズン目で、指揮官の古巣ベルマーレに初めて勝った。天皇杯に限れば反町体制下では初めての4回戦進出であり、今シーズンにあげたすべての勝利のなかで初めての逆転勝ちだった。

 松本のアニバーサリーとなる勝利に貢献した前田だったが、真価を問われる戦いはまだまだ先にある。

 反町監督は「J1残留」という言葉を封印し、あえて「日本のトップ15に入る」という目標を掲げてきた。残留争いという言葉はどことなく悲壮感を想起させるが、一転して「トップ15」となればポジティブな意味合いを帯びてくるからだ。

 年間総合順位で勝ち点27の16位にあえぐ松本は17日、勝ち点3差でJ1残留圏の15位につけるアルビレックス新潟のホーム、デンカビッグスワンスタジアムに乗り込んだ。

 アルビレックスに勝てば目標へ近づき、それぞれの結果次第でヴァンフォーレ甲府、ベガルタ仙台、ヴィッセル神戸、サガン鳥栖をも残留争い巻き込むことができる大一番へ。

「アウェイでも大勢のサポーターがきてくれる。本当にありがたいことだし、だからこそサポーターの方々と勝利の喜びを分かち合いたい」

血肉となったシーズン前のハードワーク

 静かに闘志を昂ぶらせていた前田だったが、結果は0対2の返り討ち。先発した前田もゴールに絡む仕事ができないまま、後半23分にピッチを後にした。

 15位の神戸との勝ち点差は5。次節にもJ2降格が決まる厳しい状況に置かれたが、残り3試合のなかにはその神戸、14位の鳥栖との直接対決が含まれている。希望の灯はまだ消えていない。

 22日に4回戦の組み合わせ抽選が行われる天皇杯では、ベスト8以降の未踏の領域へ踏み込める可能性もある。そして、来年1月には下馬評で日本の苦戦が予想される、リオデジャネイロ五輪出場をかけたAFC・U‐23選手権がカタールで開催される。

 松本の地で課されてきた、ときには“理不尽”にも感じたハードメニューは、約10ヶ月という歳月を経たいま、対戦相手にとって危険極まりない左足をもつホープの血肉となっている。

 太陽エネルギーが尽き果て、地上から姿を消すピンチを知らせるカラータイマーはもう鳴り響かない。反町監督への感謝の思いを込めながら「自信になっている」と振り返る前田が、本当の意味で「ウルトラマン」となる可能性を秘めた戦いはこれから幕を開ける。

text by 藤江直人