ウェブサイト『Change.org』より

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 よくもまあ、手を変え品を変えて新しいデマをこんなに生み出せるもんだ──他国にルーツを持つ人々を揶揄するイラストを発表し、現在世界中からの非難を浴びる漫画家・はすみとしこの作品群を見ていると、そうつぶやかずにいられない。
 
 事の発端は9月10日、はすみが難民の少女をモチーフにしたイラストに以下のメッセージを添えて、Facebook上のコミュニティに投稿したことだった。

〈安全に暮らしたい/清潔な暮らしを送りたい/美味しいものが食べたい/自由に遊びに行きたい/おしゃれがしたい/贅沢がしたい/何の苦労もなく生きたいように生きていきたい/他人の金で。そうだ、難民しよう。〉

 胸がむせ返るほどの悪意に満ちた文面は、9月末にTwitter上で指摘を受けるや否や瞬く間に拡散され、10月1日にはWeb上で署名活動がスタート。現在までに12000筆を越えるまでの事態に発展した。

 騒動が拡大するなかで、イラストはシリア難民の少女をモデルにした写真を無断で使用していたものであったことが発覚。写真家自身が抗議ツイートを発表し、はすみとの話し合いのもと、元画像は10月7日に削除された。

 だが、事態はこれで終わりではなかった。10月11日、はすみは性懲りもなく、胸元を強調した帰化者女性のイラストに以下のメッセージを添え、同じコミュニティに投稿したのだ。

〈ビジネスシーンで有利/入国審査が楽々/ビザなし渡航/みんな日本人には油断/帰化一世でも国政に立候補/日本を内側から変えられる/祖国に貢献出来る/日本に尽くす気はないけれど/これが私の帰化した理由です。〉

 難民への攻撃を取り下げたと思ったら、今度は帰化者か──いや、そうではない。この作者はまったく反省などしていない。続けざまに画像を投稿したのも、自分の思想に露ほどの変化もないことをアピールしたかったのだろう。

 一見、別々の方向に見えるこれらのバッシングの支える根底にあるのは、ヘイトスピーチを問題視する人々の間では既におなじみの「在日特権」をめぐるデマだ。はすみは8日、Facebook上で「このイラストは全ての難民を否定するものではありません。本当に救われるべき難民に紛れてやってくる偽装難民を揶揄したものです」「日本には被害者のふりをして特権を得ている在日朝鮮人または在日韓国人(以下「在日」)と呼ばれる存在があります。(略)国民たる日本人は生活保護が受けられずに多数が餓死しているにも拘わらず、在日の14%以上が生活保護を受けています」と釈明にならない釈明を行っている。難民・帰化者バッシングは、いわばこうした在日特権デマによって作られた「外国人」像の延長線上にあるものだ。

 後述するが、近年では「在日特権」の存在を否定する書籍の出版や報道も増加している。そのなかで発生した今回の騒動に「またか......」と頭を抱えたくなったことは否めない。ただ、いったんは公的に否定されたデマが、「衣装替え」して再び世に流通していくことだけは食い止めなくてはならない。

 そこで、この記事では問題となったはすみのイラスト2点、さらにはそれらのベースにある「在日特権」がいかに誤りに満ちたものであるかを、先達の仕事とあわせて改めて検証していきたい。

■日本ではありえない「偽装難民」を拡散させる悪質さ

 まずは、非難の元となった難民イラストのメッセージを見て行こう。そもそも難民条約の定義によると「難民」とは人種・宗教・国籍等にもとづく集団の構成員や、特定の政治的意見を理由として迫害を受ける怖れを持ち、自身が国籍を持つ国の外に逃れた人々を指す。

 こうした人々を救済する前段階として行われるのが「難民認定手続」だ。申請が行われたのち、法務大臣が「難民」に該当するかどうかを判断する。難民認定されかつ一定の要件を満たせば「正規在留者」として定住支援プログラムが受けられる、定住者への在留資格が変更できるといった道が開かれている。

 ただし、日本はこの認定が厳しい国として知られている。法務省入国管理局の発表によれば、2013年の難民申請件数は全3260件、うち認定されたものは6件。14年は全5000件に対し、わずか11件。以上のことから、国連難民高等弁務官も「日本はほとんど難民を庇護していない」と苦言を呈しているのが現状だ。

 審査のプロセスについて、入管局難民認定室の担当者は次のように説明する。

 「入国管理局窓口で難民申請をしていただいたのち、難民調査官がご本人からインタビューをして情報を収集し、法務大臣が難民であるかどうかを決定します。判断は基本的には申し立て内容に信憑性があるかどうかの事実認定、さらにその内容が難民条約上の定義に該当するか否かが中心となります。最終的な判断には研究者やNGO関係者など外部有識者の方々も加わっています」

 法務省発表によれば、申し立てのうち約3割のケースが借金・遺産相続や帰国後の生活苦など「難民条約上の迫害理由に明らかに該当しない」ものだという。かつ、一度は難民不認定扱いを受けても、その後異議申し立てにおいて「理由なし」の決定を受け、かつ人道配慮もなされなかった者の約8割が再申請を行うなどの事情が審査を長期化させており、現在は認定制度そのものの見直しが進んでいる。

 はすみはこうした状況を逆手に取って「一部(報道では3割)の偽難民がそれを権利と思いやってくる事に問題を感じ、問題提起として、偽難民について皆さんが考えるきっかけをつくりたかった」とfacebook上で弁明している。しかし、認定数の少なさから考えればそもそも現状の日本では「偽装」難民でいることは不可能に近い。

 仮に「難民」に該当せず申請を行う者がいても、先に述べた綿密な審査プロセスのなかで容赦なく振り落とされていく。さらに、審査というのはあくまで申請者本人の個別的な事情にもとづいて行われるものだ。細かな状況を把握しない者が「偽装」の側面を強調したイラストを描くことは、難民に対する偏見のばらまきでなくて何なのだろうか。

 今後も同種の出来事が起こった場合、対応を検討する可能性はあるかどうか同担当者にたずねたところ、回答は以下のようなものだった。

 「今回問題となったイラストの存在は承知しています。ただ、難民行政というのはあくまで本人の申請にもとづき判断をする場なので、それを越えて難民認定室がイラストそのものに対応するのは難しい部分があります。今後も人権侵害となる画像が出てきた場合、通報にもとづいて人権擁護局が何らかの対応を取ることはあるかもしれません」

■帰化制度の厳しさを知らないデタラメ「偽装日本人」批判

 次に、帰化者(確認しておくと「帰化」とは、ある国の国籍を持たない者が、所定の手続きにもとづいて国籍を取得することをさす)に関するイラストを見て行こう。

 主張の力点は、日本国籍を取得した元・在日外国人が本来「日本に尽くす気はない」人々であり、にもかかわらず入国審査の簡易化・国政への参与など「権利」を目当てにしているという2点に集約できる。

 帰化者が「日本に尽くす気はない」というメッセージについて、ここでも真っ先に指摘すべきは、日本の帰化要件の厳しさだ。現行の国籍法5条は「法務大臣は、次の条件を備える外国人でなければ、その帰化を許可することができない」などして、6つの要件を定めている。このうち、3(素行要件)では「素行が善良であること」として、申請者の犯罪歴、納税関係、出入国管理・外国人登録法違反などが審査される。なかには交通違反など、ハタから見れば「それってどうなの?」と首をかしげざるを得ないようなことも判断基準になっているようだ。さらに、6(不法団体要件)では日本国憲法下で「政府を暴力で破壊すること」を企てた、「主張する政党やその他の団体の結成/加入歴がないこと」などが定められている。提出書類は帰化許可申請書、帰化の動機書、国籍・身分関係証明書、納税証明書など実に計20以上にのぼる。審査期間はケースにより異なるが、筆者があたった論文では国籍取得におよそ1年半もの時間を要した家族の事例が紹介されていた(浅川晃広『在日外国人と帰化制度』新幹社)。

 こうした煩雑なプロセスのなかで、日常の素行から政治活動歴に至るまで、生来日本国籍を持つ日本人であれば問われる機会もないであろう、国への「忠誠心」が繰り返し審査される。「国に尽くす気はない」が「権利だけを求めて国籍を取得する」者を仮に「偽装日本人」と呼ぶとしても、難民同様、そもそもそんなにヤワなモチベーションでは簡単に国籍を取得できないような仕組みが既に出来上がっているのだ。

 さらに、繰り返しになるが、日本国籍の付与について最終的な許諾を下すのは申請当事者ではなく法務大臣であって、その権限には圧倒的な差がある。もしプロセスに瑕疵があるとすれば、非難の矛先はまず後者に向かうべきであり、審査「される」側である前者を非難するのは筋違いとしか言いようがない。

 2点目の主張について、外国籍を持った他国移住者がその国の国民固有の権利を求めることのそもそも何が問題なのだろうか。日本で最初に国籍法が公布されたのは1899年だが、16条では当初、帰化者やその子孫が国務大臣・行政裁判所長官・帝国議会の議員などに就くことが禁じられていた。戦後、国会でこの規定が日本国憲法の定める「法のもとの平等」に反すると問題視され廃止となり、現在に至るという経緯がある。現在「帰化一世でも国政に立候補」できる裏側にあるこうした歴史的な重みを、イラスト作者はまったく理解していない。参政権に限らず、海外渡航なども含めた「権利」は、国籍を取得した人々にとって制度的なスタートラインに過ぎず、それ以上でも以下でもないことを指摘しておきたい。

■否定し尽くされたはずの「生活保護」デマ、ふたたび

 最後に「在日は生活保護が簡単に受けられ」ても「日本人への生活保護はハードルが高くてなかなか受けられない」という、生活保護をめぐるデマについて確認したい。冒頭でも述べた通り、これは在特会などを中心に2000年代以降インターネット上に拡散する「在日特権」デマのなかで代表的なものの一つである。

 この「在日特権」デマについては、既に安田浩一『ネットと愛国』(講談社)、野間易通『「在日特権」の虚構』(河出書房新社)、大沼保昭『「歴史認識」とは何か』(中公新書)などで詳細に否定されているので参照してほしい。さらに、筆者が確認する限り国内メディアのなかではこれまで、新聞媒体では朝日新聞、雑誌媒体では「FLASH」「SAPIO」が在日特権に関する検証記事を組んでいる(ほかにはWeb媒体「シノドス」に掲載された金明秀氏の記事があるが、こちらは特別永住資格制度に焦点を合わせたもの)。

 そもそも、大原則として生活保護は人種や信条、社会的身分等を問わず「現在の困窮状態に着目して保護を行う」無差別平等の原理を基本とする。厚生労働省が発表する調査結果によれば受給者の4割は高齢者であり、日本人か在日かを問わず、受給の中心に存在するのは就労困難な人々であることは把握しておく必要がある。

 上に紹介した記事のなかで、朝日新聞の取材に対して厚生労働省保護課の担当者は「生活保護の制度上、国籍で受給を判断することはありません」と返答し(朝日新聞14年11月18日付「在特会の言う『在日特権』、あるの?」)、「SAPIO」誌上でも取材に対して自治体の保護課担当者が「いかなる歴史的背景があれ、現在、優先的に生活保護が支給される対象はいません。日本人と同様、あくまでも規則に沿って申請を受け付けているだけ」(「SAPIO」15年2月号「『在日特権』あるのかないのか徹底的に調べてみた」)と応じている。さらに「FLASH」もジャーナリスト・安田浩一氏や元朝鮮総連職員への取材をもとに「生活保護法は(略)あくまで政府や自治体による行政判断によって支給されているにすぎない」(「FLASH」13年10月15日号「在日特権は存在するのか?」)と、「在日優先受給」の事実を完全否定。左右を問わず、さまざまな媒体がこうした事実検証を行ってきた中で繰り返された今回の「在日は生活保護が簡単に受けられ」る発言は、脱力するほど何も変わらない、いや「変わりたくない」ネトウヨの心性そのものを照らし出している。

 元来、ネトウヨのバッシング対象は在日韓国・朝鮮人に限られていたはずが、ここへ来て難民、(元在日も含めた)帰化者とそのバリエーションは増える一方だ。だが根も葉もない「在日特権」デマが肥大化した2000年代以降の状況を思い返せば、こうしたネガティブ・キャンペーンのひとつひとつをあなどってはいけない。姿かたちを変えて再登場するヘイトデマの1つ1つを、徹底的に断ち切っていく必要がある。モグラ叩きのようで気が遠くなる作業だが、中のモグラ達にヘイトという栄養分を与え続ける親元は同じだ。諦めずにハンマーを握りしめ続けたい。
(松岡瑛理)