日本人大リーガーで今オフの去就が注目されるのは、マリナーズとの契約が今季限りで切れる岩隈久志だ。
 岩隈は今季前半、肩の広背筋を痛めて長期欠場したため評価が大幅に下がったが、シーズン後半は表にあるように防御率、QS、WHIP、勝ち星など主要な数字がすべてア・リーグの十傑に入っている。特に8月12日、メジャー屈指の強力打線を誇るオリオールズ相手にノーヒッターをやってのけたことで、日頃オ軍に苦しめられているヤンキースとレッドソックス(同じア・リーグ東地区のチーム同士)は再度岩隈に熱い視線を注ぐようになった。

 この2チームはかつて岩隈獲得に動いたことがある。
 レ軍は昨オフ、エースに据えて使える投手の獲得が急務になっていたため岩隈に白羽の矢を立て主砲セスペデスを交換要員にしてトレードを申し入れたがマリナーズのザエンシックGMが拒否し不成立に終わった。
 ヤ軍が岩隈獲得に動いたのは今年7月である。7月末のトレード期限を前に岩隈をトレードで獲得して、後半戦のローテの柱にしようと目論んだが、またも同GMが拒否して話は流れた。
 このトレードが成立すれば楽天時代同様「マー君+岩隈」の2トップがニューヨークで再現されることになると願う声が日本でもあったが、マ軍のGMが立ちはだかったのである。

 ヤンキースの岩隈を欲しがる気持ちはもう消えてしまったのだろうか?
 「消えるどころか、今はもっと強くなっているよ。今季ヤ軍は先発投手陣があまり機能せずチームの足を引っ張った。だから今オフは田中とともに柱になりうる先発投手の獲得が急務になっている。候補は何人かいて2013年のサイヤング賞投手デービッド・プライス(ブルージェイズ)やジョーダン・ジマーマン(ナショナルズ)などの名がメディアに出ているけど、ヤ軍のチーム事情に合っているのは岩隈だ」(地元紙の番記者)

 なぜ岩隈が今のヤ軍の事情に適合するのだろうか?
 「超高額年俸のベテラン・中堅10人と長期契約しており、来季の年俸総額の上限2億3000万ドル(276億円)のうち2億1000万ドル(252億円)ほど使い果たしていて、今オフ、先発投手の補強に回せるカネがわずかしかないんだ」(同)

 ヤ軍は年俸総額が2億1800万ドル(260億円)に達するメジャーで1、2を争う金満球団である。しかし、年俸2000万ドル(24億円)以上の長期契約選手が5人もいる(田中将大、サバシア、Aロドリゲス、エルズベリー、タシェアラ)。5人とも来季か、それ以降まで契約があるので、来季の年俸総額が260億円あっても半分はこの5人で消えてしまう。さらにヤ軍には年俸1500万ドル前後(18億円前後)の選手が4人(マッキャン、ヘッドリー、ベルトラン、ガードナー)、900万ドル(10.8億円)が1人(Aミラー)いて、全員来季も契約がある。この10人の長期契約組のほか、FA資格年限(メジャー在籍6シーズン超)に達していない15人前後の若手選手にも計2000万ドル(24億円)ほどかかるので、260億円も年俸枠がありながら、今オフの先発投手獲得に使える資金はわずかしかないのだ。

 今オフのFA市場は、先発投手ではデービッド・プライスが最大の目玉で8年2億ドル(240億円)くらいの値札が付くと予想されている。それに次ぐ評価を受けているのがジマーマンで1億5000万ドル規模の契約になると思われる。
 ズバリ言って今オフ、金満球団の中でドジャースやレッドソックスは彼らの獲得に回せる資金があるが、ヤンキースにはない。
 しかし、岩隈の予想金額は35歳という年齢がネックになって3年5000万〜4年7000万ドル(60億〜84億円)くらいと予想されている。これならヤンキースも十分獲得可能なのだ。

 しかし、ヤ軍がいくら欲しがっても、岩隈がFAになることをマリナーズが容認しなければ、机上の空論で終わってしまう。マリナーズのチーム責任者ザエンシックGMは自分自身が岩隈を入団させた経緯があるので、決して手放そうとしなかった。岩隈もシアトルの住環境が気に入って、できればマリナーズで投げ続けたいと話していた。
 ところが9月になってマリナーズでは、成績不振の責任を取らされてザエンシックGMがクビになり、エンジェルスのディポート前GMが後任に指名された。GMが変われば戦力の大幅な入れ替えは必至だ。岩隈に関してはできるだけ低コストで残留させようとするだろう。そのうえ最近はパーソナルキャッチャーのようになっている相性のいい捕手スークレも、打率が1割2分4厘で残留できない可能性が高い。チーム環境が激変する中で岩隈がどんな進路を選択するか注目が集まっている。

スポーツジャーナリスト・友成那智
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は各媒体に大リーグ関連の記事を寄稿。'04年から毎年執筆している「完全メジャーリーグ選手名鑑」(廣済堂出版)は日本人大リーガーにも愛読者が多い。