競馬はいよいよ秋のGIシーズン。ウォッカ、カネヒキリ、ヴィクトワールピサなど数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」より、3歳3冠の最終戦のひとつ秋華賞について考える。

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 トレセン特有の藁の匂いに金木犀の香りが交じると、ワクワクして背筋が伸びてきます。

 私はよく冗談で、「人も馬も、春はぼおっとして、夏は暑くて仕事にならず、秋になるとようやく心身がパリっとする」などと言いますが、人間のほうはともかく、馬は秋にガラリと変わります。

 春にまずまず走った3歳の若駒が、ぐっと成長する。能力を持った馬、早熟な馬ほど顕著です。馬の能力に、成長のタイミングがかみ合わさってくる。その成長過程を感じることが、調教師としての最大の楽しみです。

 日本の競馬の流れとして、3歳馬は牝馬が桜花賞、牡馬は皐月賞からというイメージがあります。ただ春はケガなどのリスクを抱えながら走るケースも多く、あまり無理しないほうがいい。調教師としてベストは尽くしますが、基本的にはでき上がるのを「待つ」姿勢です。

 1か月半から2か月に3回走らせて放牧に出す、これが無理のない使い方ですね。もっとコンスタントに走らせろという声もありますが、競馬では馬に相当に負荷がかかるので、特に春の無理強いは禁物です。

 最初の競馬で、体調とメンタル面での問題点が見えてきます。それを2走目に調整していく。このとき、まだまだ心身の状態が噛み合っていないことが多い。さらに問題点を調整して、3回目の競馬でピタリと合う場合もある。まだまだというケースもあります。馬によってそれぞれです。

 夏場に走るのは、春に無理をしていない馬。春の競馬での疲労を一度リフレッシュした馬が走ります。疲れたら休ませる。しっかりと休ませることが大事。春から夏は、馬が少しずつ成長していくわけです。

 2011年の秋華賞を勝ったアヴェンチュラが好例です。2歳時の阪神JF4着のあと軽い骨折があり、春はまったく走らせませんでした。骨折と聞くと大事に思えますが、若駒の場合、小さな剥離骨折は結構あります。見過ごしてしまうようなケガですが、そのときにすぐにレントゲンを撮ってケアをしてやる。

 すると馬は人間を信用します。「分かってくれたんだ」と頼りにしてくれるんですね。若いうちにそういう関係ができあがると、その後がぐっとやりやすくなります。牧場から完成された状態で戻ってきました。秋華賞から逆算して、北海道のシーズンを使いました。

 7月30日函館の漁火S(1600万下、芝1800m)、8月14日札幌のクイーンS(GIII芝1800m)を勝っての秋華賞でした。2か月半で3勝です。

 アヴェンチュラはちょっと背中が長い。ジャングルポケット産駒の特徴でもあるのですが、いわゆる「背たれ」の傾向があり、背中に疲労が溜まりやすい。能力はGIクラス、3歳年上でオークスを勝った全姉トールポピーよりも上と目されていたので、そこを注意しました。牧場との連携が上手くいった馬です。

 しかし残念ながら、やはり背中の痛みが治らず、次のエリザベス女王杯まででした。3歳での引退です。どんな馬でもウィークポイントを持っていて、成長するとよりウィークポイントに負荷がかかることがあります。強い馬ほど、他の部分がパワーアップするので陥りやすい。難しいところです。

 今年はトライアルのローズSで3着に頑張ってくれたトーセンビクトリーが出走予定です。トゥザヴィクトリーの子ですから、もちろん素質はありますが、身体の線が細く、気性が強すぎる馬です。体調とメンタルの折り合いが最大のテーマになりますが、人気もそれほどなさそうなので密かに楽しみにしています。

※週刊ポスト2015年10月30日号