流産は誰のせいでもない『透明なゆりかご』作者に聞く

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“産んだら全員が幸せになれるわけではない”という産婦人科の現実を描き続ける漫画がある。「ハツキス」(講談社刊)で連載中の『透明なゆりかご』だ。准看護学生だった1997年頃にアルバイト先の産婦人科で見たものをベースにした実録モノ。2巻発売に際し、作者の沖田×華(おきた・ばっか)さんに話をうかがった。
(以前のインタビューはこちら)
「母体から出された中絶胎児を専用のケースに移して、業者さんに渡すだけです」産婦人科実録作者に聞く1
生まれたばかりの我が子を見て「ハズレだ」と言った母親の心理。産婦人科実録作者に聞く2


出産はゴールではない


──1巻は中絶の話を軸に、産まない選択をした人の話が中心でした。一方2巻は母親にまつわる話が多い印象です。これは意図したものですか?
沖田 いいえ、全然。「母性とは何なのだろう?」とずっと考えていく中で、“お母さん”という存在の大きさに気づいたからだと思います。妊娠した人の中には中絶した人もいるし、産んだ人もいます。産んだ人の中にも幸せな人もいれば、そうでない人もいる。本当にそれぞれで、「産んだはいいけれど、それでそのお母さんになった人たちは本当にその幸せなのかしら」というのを描きたかったんです。
──作中には娘に売春まがいのことをさせる母親も登場しますよね。
沖田 そうですね。栗山さんのお母さんを見た時、産みっぱなしってあるんだと驚いたことを覚えています。私は、彼女にとって出産はゴールだったのではないかと思っているんです。
──出産がゴールとは?
沖田 産んだら子供は勝手に育つもの。基本的にほったらかしです。愛していないわけではないけれど、頭の容量のほとんどが男とか仕事でしめられていて、ほんの少しだけしか子供のことを考えていない。気が向いた時にペットみたいに頭を撫でてあげれば大丈夫みたいに思っている人だったんです。
──栗山さんが年頃になった時に、生活費を援助している男性と寝るように言いだしたりしたのは理解に苦しみました。
沖田 お母さんとしては役に立つ存在にしようという感じで、サラッと栗山さんに言ったそうです。もともとお母さん自身も女の身体を使う仕事をしていたそうで、抵抗感が薄い人だということでした。自分がしてきたことだから、娘もできるはずというスタンスなんですよ。
──沖田さんが見た中で、出産がゴールになってしまう人に共通点はありましたか?
沖田 そうですね…。家族や友達がおらず、ひとりで何とかしようと思っている人や、悩みがないと思って溜め込んでしまう人が多かったように思います。
──出産までで力尽きてしまう?
沖田 「終わった…」となってしまう人はいました。本当はそこからの方がはるかに大変なんですけどね。でも、お母さんって本当に不思議で、同じ人なんてまったくいないんですよ。子供が生まれたら普通によしよしってする人もいれば、出産後に情緒不安定になってしまって子供を見るだけで涙が出てしまうという人もいました。赤ちゃんを守ろうという気持ちが過剰に働いてしまって上の子供を近づけさせないお母さんがいると思えば、子供が隣で泣いていてもお乳もあげずほったらかしというケースもあったりして。母性について考えている時も思いましたが、一概には言えないことばかりでした。

「本当にそうなの?」が口グセの妊婦


──旦那さんが医療事故で植物状態になり、病院に不信感をもってしまった妊婦さんのお話は、やりきれないものがありました。
沖田 うちの病院での安部さんは大変なクレーマーでした。いつも怒っていて色んなことにつっかかってくる。特に私は下っ端だったのでターゲットにされてしまい、一時期本当に転院してほしいと思っていたくらいでした。けれど、たまたま実習でいった先の病院で、一言も話さず旦那さんのそばでうつむいている彼女を見てしまったんです。
──とても孤独に見えた、と描かれていますよね。
沖田 苦手意識を持ってしまった私に対して、婦長さんは「怒っているように見えるけれど怒ってはいない」と言っていました。それを聞いた時は正直「なんだ、このトンチは」と思っていたのですが、よくよく観察するとわかってきたことがありました。普通文句を言うと人ってスッキリするんです。たとえそれが理不尽なことだったとしてもです。でも安部さんは怒鳴れば怒鳴るほど辛そうというか…悲しそうでした。本当はこういう風に言いたくないのに怒鳴ることしかできないということに何となく気づいたのです。旦那さんがいた病院で不親切なことがたくさんあったみたいで、心を閉ざしてしまったのだと思いました。
──作中で婦長さんが「患者は弱い立場にいることを忘れないで」と言っていました。安部さんのような人に対して意識的にしていたことはありますか?
沖田 相手が“患者というキャラクター”であるということと、自分が“医療従事者”であることはまず意識していました。たとえ相手が同級生で昔ケンカをしたことがあるムカつく奴でも患者さんは患者さんです。「コノヤロウ…」と思ってもグッと我慢です(笑)。誰も好きで病院にきているわけではないので、そこはちゃんと汲んだ対応をしなければならないんです。安部さんの時は、彼女に聞かれたことは婦長さんを筆頭にひとつひとつ冷静に真摯に答えるという体制が自然できました。
──安部さんは相変わらず怒鳴っていましたが、分娩時は沖田さんがつきそうことを受け入れてくれましたよね。
沖田 実は事前の話し合いでは婦長が立ち会うことになっていたんですよ。でも分娩が重なってしまって、私しか手が空いている人がいなかったんです。ボロカス言われると思って行ったら、案の定「見せもんじゃない」と怒られました。自分で言うのもなんですが、OKをもらってから私本当にがんばりました。テニスボールを7時間押し込み続けたんです(笑)。
──テニスボール?
沖田 子宮口が全開になるまでいきんではいけない時間があるのですが、いきみを逃すためにお尻にテニスボールをあてて押すんです。2分間隔でくる陣痛にあわせ、全体重をかけてギューッと。初産だったのですごく時間がかかって結果7時間。終わった時には腕がだるんだるんでした。出産後、安部さんは憑き物が落ちたみたいに怒鳴らなくなりました。彼女もある意味、出産がゴールだったんじゃないかと思うんです。子供が生まれたら旦那さんが目を覚ますかもしれないって…。出産は失敗が許されないものだったように思います。失敗されたくないから虚勢を張っていたし、不安を拭いたかったのかなと。旦那さんは一度も目を覚ますことなく亡くなったと後になって聞きました。
──憑き物が落ちたようだったとのことですが、産後の彼女はどのような様子でしたか?
沖田 沐浴の時、「お湯がぬるい!」とか言われるのではないかと身構えていたのですが、私が言ったことをちゃんと聞いてくれて。あと、おっぱいマッサージも怒られませんでした。
──確かすごく痛いんですよね。
沖田 そうなんです。乳腺がつまらないように病院だけでなく自分でもやらないといけないのですが、サボっちゃう人が結構いるんです。やりましたって嘘をついたり。でも安部さんはちゃんとやってくる。マッサージしすぎて乳首が裂ける一歩手前になっちゃって。これ以上はしなくていいですよと言ったくらいです。すごく真面目で一生懸命。これが本当の安部さんなのだなと思ったことを覚えています。

流産は2度傷つく


──他に2巻では子供を流産してしまったハルちゃんというお母さんが登場します。ペリネイタル・ロスになってしまった人は、なぜ家族にも言えずふさぎこんでしまうのでしょうか?
沖田 流産したお母さんはまず自分のことをとても責めます。自分のせいでしんでしまったのではないか、がんばりが足りなかったのではないかと思ってしまうんです。さらに周りの人が「仕方ない」「次がある」と励ますわけです。
──流産でお母さんは2度傷つくと聞いたことがあります。
沖田 ハルちゃんの場合はすでに3人子供がいたので、周りの人は「もう3人いるし」という感じでした。こんなに悲しいのに、誰もわかってくれない。旦那さんは水子供養をしたがったハルちゃんに「なんで地蔵に金を払わなければならないんだ。死んじゃった子供のことよりも今いる子供のことを考えろ」と言ったそうです。ただ一緒に悲しんで欲しかっただけなのにケンカになってしまい、彼女は誰にも相談できなくなってしまいました。
──作中、出産付添人の“ドゥーラ”という人が出てきます。これは職業ではないのですよね?
沖田 そうですね。ほとんどがNPOとかボランティアです。妊婦さんの悩みを聞いたり、出産に立ち会ったりします。
──流産した人にも付き添うことがあると描かれていますが、その場合は具体的にどのようなことをするのでしょうか?
沖田 流産したお母さんは、亡くなった子を無かったことにされるのをとても嫌がります。生きている子供と同じようにカウントしたり、ここにはいないけれどお空にいて、お空でちゃんと育っていると考える方もいるとのことでした。ドゥーラの人たちは、そんなお母さんたちに対して、お腹にいた時の話を聞かせて欲しいと言ったりするそうです。話そうとしない時は無理に聞き出したりせず、背中をさすったり暖かいお茶を出したりしてただ黙っています。ゆっくりと時間をかけてお母さん自身が消化する手助けをするんです。特に流産は誰のせいでもないということをしっかり繰り返し伝えると聞きました。

流産はムダではない


──“流産”という漢字が持つ「お腹の中で子供が死ぬとお母さんの悪いところも全て抱えて流してくれる」という意味はグッときました。
沖田 そうですね。私が出会ったドゥーラさんは普段からスピリチュアルなことを言う人でしたが、この話は医学的にもあながち間違っていなくてすごく納得したことを覚えています。自然に流産すると子宮の中に赤ちゃんの組織が残ってしまうことがあって、次の妊娠に障りが出ることがあります。なので組織を掻き出す処置が必要になるのですが、ハルちゃんの時は子宮の中が空っぽですごくキレイだったんです。次の妊娠に備えてこの子がキレイにしていってくれたんだとすんなり思いました。
──ドゥーラさんの話を聞いた時、ハルちゃんが言っていたことを覚えていますか?
沖田 この世には出てこられなかったけれど、こういう使命があったんだと思ったらちょっと落ち着いた、と。今流産は4 人に1人が経験すると言われています。妊娠に気づく前に流れてしまった場合も含めるともっと多いかもしれない。初めての妊娠だと、かなりの確率になります。私の同級生でも平均2回。でも皆大っぴらには言わずふせています。自責の気持ちもあるし、わかってもらえないと思っているからごくごく親しい人にしか話さないんです。こういう気持ちは同じ経験をした人同士でないとやっぱり理解できないんですよね。私も未だにかける言葉を選びますし、「細胞が弱くてね」なんて話をした後に、家に帰ってから「変な励まし方をしちゃったかもしれない」と反省することがあります。オープンにしろとは言えませんが、言える空気ができたらいいなと思うんです。

救いようのないことはある


──これから描きたいと思っていることはありますか?
沖田 栗山さんのお母さんのことを描いている時、母性とお母さんの過去について考えていたことがありました。私の地元では母娘で水商売をやっている人が結構いたのですが、その中にはお母さんに引っ張られてやっている子が少なくありませんでした。でも嫌になって家を出ようと思っても10代の女の子が1人で自活するのは簡単じゃない。どうするかというとてっとり早いので男と一緒に住んじゃうんです。そのうち子供ができて結婚。でもお金がないので割りの良い仕事を探して結局水商売に…という負のスパイラルみたいなものがあったんです。
──子供嫌いの栗山さんは「お母さんみたいになりたくない」と泣いていましたが、では栗山さんのお母さんのお母さんはどうだったのだろうかという。
沖田 そうです。母親が子供を殺したというようなニュースを見ると「どうしてこうなってしまったのだろう?」と考えずにはいられません。1巻が出た後、色んなところでこの漫画の感想を目にする機会がありました。ほとんどは子育て中の方で、「初心にかえろうと思った」「自分の子供をちゃんと愛そうと思った」など、ご自身の悩みと向き合った上で前向きなことを言ってくれていました。漫画で描いた人の中には、悲しいことや救いようのないことも本当にあります。良いことだけではないという現実を描きたいという気持ちは変わりません。けれど、その辛い思いをした人たちが今もどこかで生きる希望を持っていてくれたらと思いながら描き続けるつもりです。そして、同じ経験をした人が少しでも安心したりしてくれたらいいなと思っています。


『透明なゆりかご』は「ハツキス」で連載中。試し読みはこちら。

『透明なゆりかご』
1巻 [コミック/Kindle]
2巻[コミック]

(松澤夏織)