ソチ冬季オリンピック会場の跡地を利用したソチ・アウトドロームで行なわれるロシアGPを前に、フェルナンド・アロンソのマシンには新たなパワーユニットが搭載された。

 今季残りの4トークン(※)すべてを使い、ICE(内燃機関エンジン)の燃焼系――つまりピストン周りと排気系を改良し、よりいっそうの出力向上を果たした。データ上でそれは確認できているというが、エンジン音が変わったのも、その証拠のひとつだ。

※パワーユニットの信頼性に問題があった場合、FIAに認められれば改良が許されるが、性能が向上するような改良・開発は認められていない。ただし、「トークン」と呼ばれるポイント制による特例開発だけが認められている。各メーカーは与えられた「トークン」の範囲内で開発箇所を選ぶことができる。

 それを指摘すると、ホンダの新井康久F1総責任者は我が意を得たり、という表情を見せた。

「違いを聞き分けていただいてありがとうございます(笑)。パワーユニット全体としては、ディプロイメント(エネルギー回生)の課題は残っているとはいえ、ICEとしてはかなりまとめてきています。『ICEの燃焼』は永遠のテーマですし、ディプロイメントの問題が解決した後に出力を上げていくためには、そこを向上させていかなければ勝てないわけですから」

 パーツの製造が間に合わず、ロシアGPに用意できた新型ICEは、わずかに1基のみ。そのくらい前倒しをしての投入だったが、なんとしてもここで投入しておきたい理由もあった。

 この新型ICEを据えたパワーユニットは、FP-1(フリー走行1回目)で確認走行を行なっただけでマシンから下ろされ、ほぼ新品の状態のまま温存された。コース特性を考えると、このソチ・アウトドロームよりも次のアメリカGPのほうがチャンスは大きく、ロシアGPで新型を投入してペナルティを消化してしまおう、というわけだ。6コンポーネントの投入で合計35グリッド降格を受け、アロンソは最後尾スタートを科せられることになったが、パワーユニットのトラブルは一切なく、すべてがアメリカGPに向けた戦略的なペナルティ消化だった。

 前回の日本GPでは、アロンソが抜かれた際に「これじゃGP2エンジンだ!」と無線で叫び、それがメディアで取り沙汰された。だが、チーム内は険悪な雰囲気になるどころか、より結束が強くなったところさえあるように感じられる。アロンソのF1参戦250戦目となったロシアGPを記念し、アロンソ本人だけでなく、チームスタッフ全員が侍のイラストの描かれた250戦記念ハチマキを締めてレースに臨んだほどだ。

「レースで抜かれたら頭にくるでしょうし、カーッとしちゃうのはしょうがないでしょう。ああいうふうに言われれば我々だって、『もっと出力を上げなきゃな』『もっとクルマを良くしなきゃな』と思いますしね。チーム全体が『なんとかしなくちゃ』と思っています」

 実際、ドライバーたちは普段から「これじゃカテゴリーが違うよ」と、率直に言い合っている。無線の音声がテレビ放送に流れてしまったのは想定外だったが、GP2エンジンと言われたときも、スタッフたちは「また言っているよ」と苦笑いしていたほどだったという。

 ただ、その原因であるディプロイメントの不足は、今回のICEの改良では解消できていない。そのためには、ターボチャージャーとMGU-H(※)を大きく改良する必要があるからだ。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heat/排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 しかし、2016年シーズンに向けて、マクラーレンとホンダの双方がコンセプトを定め、ディプロイメントが大幅に向上する筋道はすでに見えているという。あるエンジニアは、「早く来年型でレースがしたい」と語る。

 日本GPを前にした水曜日、アロンソはホンダのF1開発拠点である栃木県の研究所『R&D Sakura』を急きょ訪れ、「僕にとっては、日本GP決勝よりも水曜日のほうがとても大きかった」と語った。そのコメントの裏側には、来季への光明が見えたことがあるのだろう。ジェンソン・バトンがチーム残留を決めたのも、「エンジニアと深く話し、将来に向けて希望が持てたから」と語っている。

 ロシアGPのソチ・アウトドロームは、2本の長いストレートと、90度コーナーをつなぐ400mほどの全開区間で加減速を繰り返すレイアウトで、半市街地サーキットでありながら中高速区間が多い。1周の距離が全コースで3番目に長く、どうしてもストレートの後半でディプロイメントが切れてしまう。

 また、FP-1ではディーゼル燃料がコース上に漏れ出たために清掃で30分を失い、残り時間もコースが濡れた状態で走行。さらにFP-2(フリー走行2回目)は雨に見舞われ、予選・決勝に向けて唯一の有益な走行時間となるはずだった土曜朝のFP-3(フリー走行3回目)も、カルロス・サインツJrの衝撃的な高速クラッシュで35分間しか走行できなかった。

 車体側も、パワーユニットも、セットアップが不十分なままで予選に臨まなければならず、マクラーレン・ホンダの2台は13位・16位という結果。アロンソは最終セクターでミスを犯してQ2進出(※)を逃したが、それがなければ2台揃ってQ2を戦うことは十分に可能だった。13位でセッションを終えたバトンは、「実力を出し切る良い走りができた」と満足げな表情を見せた。

※予選はQ1〜Q3まであり、Q2に残るのは上位15台、Q3は上位10台。

 だが、問題は決勝のほうだった。

 ディプロイメントが1周すべてをカバーできないなかで、予選ではラップタイムが最速になるようにディプロイメントを割り振ればいい。つまり、計算上ですべてが成り立つ。しかし、決勝では1周を速く走ることよりも、「抜く」「抜かれない」ことのほうが重要になる。ラップタイムが速くても、直線スピードが遅ければ前走車を抜くことはできず、コーナーで引っかかって自分のタイムで走ることができない。むしろ、どれだけコーナーで頑張っても、ストレートで抜かれてしまう。

 それでもレース後半は、トロロッソを寄せつけずに走ることができた。荒れたレース展開にも助けられ、9位・10位と2台揃ってトップ10フィニッシュ。アロンソはレース後のペナルティで11位に降格となってしまったが、バトンは2ポイントを手にした。

「ふたりのドライバーには我慢しながら走ってもらいました。それでもきちんとクルマを持って帰ってきてくれたことが、こうして結果につながったわけですし、これだけのレースができたというのは、ドライバーの腕によるところが大きい。彼らは本当に素晴らしいドライバーだなと改めて感じました。ポイントを獲れたこと、そして何より2台揃って完走できたことが、チームにとっては励みになります」(新井総責任者)

 マクラーレン・ホンダにとって、やりたい開発ができない今季の残りのレースは、来季に向けたテストセッションという位置づけにせざるを得ない。そんななか、ロシアGPではチームの結束が強まり、次戦アメリカGPでは新型ICEがいよいよ実戦デビューする。

 苦しみに耐えながら、2016年シーズンという光明に向けて、マクラーレン・ホンダは残りの4戦で最大限の努力を続けていくのだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki