もう五郎丸歩(ヤマハ発動機)は涙をこらえることができなかった。歴史的なW杯3勝目を挙げながらも、目標の決勝トーナント進出を達成することはできなかった。「複雑ですね。我々の...」と漏らすと、言葉に詰まった。右手の平で顔を覆った。

「目標はベスト8だったので......。悔しい......。達成感はあまりなかった。一人もこれで満足している人はいないと思います」

 ラグビーのワールドカップ(W杯)イングランド大会の日本代表の1次リーグ最終戦、米国戦である。11日(日本時間12日)の英国グロスター。1日前にスコットランドが勝ち、日本の同リーグ敗退が決まっていた。前夜、リーチ マイケル主将(東芝)は選手ミーティングでこう言ったそうだ。

「これで準々決勝にはいけないけど、自分たちのプライドを懸けて戦おう。世界に日本がどれだけすごいか見せよう」と。

 実は試合前、ロッカールームではエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)が、めずらしく涙ぐみながら檄を飛ばした。W杯後に退任が決まっているHCにとって、最後の日本代表の指揮となるからか。誰もがこの試合の重要さを理解していた。

 スタジアムは異様な熱気に包まれた。スタンドからは「ニッポンコール」と「USAコール」が夜空に飛び交った。これまで3敗の米国もまたプライドを前面に押し出してきた。先の南アフリカ戦で主力を温存してまで、この日本戦にすべてを懸けてきた。互いの気迫が激突し、スクラムが崩れる。気負いからか、ハンドリングミスも目立った。

 ただ、4年間のハードワークの積み重ねが、接点の攻防に出た。連携が崩れても、一人ひとりが前に出た。倒れてもすぐに起き上り、相手に襲い掛かった。PGで先行されると、スタンドオフ(SO)小野晃征(サントリー)がラインの裏に抜け出し、キックでボールを転がした。

 これを拾ったW杯初出場の22歳、ウイング(WTB)藤田慶和(早大)がうまくラックを作り、一気に左ラインに回して、WTB松島幸太朗(サントリー)が左中間に飛び込んだ。その後、米国に逆転トライ(ゴール)を許したが、直後のキックオフを相手がこぼし、藤田が拾って前に出た。これが柔らかい動きでうまかった。FWがモールをぐりぐりと押し込んで、最後は藤田がボールを右中間に押さえた。日本が再び逆転する。W杯初出場で初トライ。藤田は思わず両手を突き上げた。

 やはりこの若武者は何かを持っている。でも、なぜ、バックスの藤田がモールに入っていたのか。得意顔で説明する。

「あそこはもう(モールを)押せるとの判断で、人数をかけようと言ったんです。だから、僕も(モールに)入って、たまたま、トライしただけなんです。あれはFWが頑張ったトライなんです」

 それにしても、初のW杯にも気後れするところは微塵も見られなかった。大舞台を十分、楽しんだ。藤田は小さく笑って続ける。

「ワールドカップといっても、緊張しなくて、いつも通り、(試合に)入れたことがよかった要因じゃないでしょうか。苦しい時にチームを前に出せたのがよかったと思います」

 日本代表は大きく成長した。心身ともタフになった。「対応力」がついた。正直、前半の序盤の出来はあまりよくなかったが、徐々に連携を強めていった。前半の終了間際には、ゴール前のピンチのスクラムでも耐え、ついには結束してコラプシング(故意に崩す行為)の反則をもぎとった。

 後半はディフェンスラインも整備され、FWの2人目の寄りがはやくなっていた。結局、日本は米国に28−18で勝ち、有終の美を飾った。これまでW杯で通算1勝21敗2分けだったチームが、24年ぶりの勝利を南アフリカから奪って世界を驚かし、3勝も挙げたのである。

 W杯では米国と3度目の対戦にして初勝利。しかも22歳コンビの活躍が日本ラグビーの将来に夢を抱かせる。

 ジョーンズHC以下スタッフ、選手たちが3年半、目標に向かってぶれずに精進してきた結果である。日本協会も破格の資金を投入し、選手たちも長期の拘束期間に応じ、「世界一の猛練習」に耐えてきた。一貫して『ジャパン・ウェイ(日本流)』を追求してきた。

 いわば「準備の勝利」といってよい。ジャパン・ウェイとは、低さとはやさ、賢明さ、フィジカル、フィットネスを土台とし、ボールをスペースに動かして攻め続けることである。そのひたむきな姿が、ファンの心をわしづかみにした。

 間違いなく日本ラグビーが変わりつつある。ジョーンズHCはこう、言った。

「ワールドカップ前、日本は話題に上らないチームだったが、ものすごい奮闘で3勝もしてくれた。選手が日本のラグビーの印象をがらりと変えてくれた」

 人気の火付け役となった五郎丸は1次リーグトップの13PGなど、計58点を記録した。「でも」とヒーローは言うのである。

「ラグビーにはヒーローはいないと思う。このチームは、みんながヒーローです。胸を張って、帰国したいと思います」

 このラグビー人気を拡大させ、2019年日本大会につなげるためには、さらなる日本代表の成長が求められる。日本は来年から、世界最高峰のスーパーラグビーにも参戦する。選手だけでなく、運営のプロ化も促進されなければならない。

 現状維持は後退である。どう改革していくのか。ジョーンズHCは去り、新たな指揮官がやってくる。選手も一部入れ替わるであろう。むしろ、これからが日本ラグビーの正念場なのである。

松瀬 学●文 text by Matsuse Manabu