ノーベル文学賞のたびに騒ぐ村上春樹マニア「ハルキスト」がキモい
 10月8日夜、今年のノーベル文学賞はベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチに授与されることが発表されました。

 毎年この時期になると、テレビカメラが映し出すのは、「ハルキスト」と呼ばれる熱狂的な村上春樹ファン。都内のブックカフェに集まって、付箋貼りまくりの春樹本を読みながら発表を待ち、発表されると「ああ〜」「取れなかったか」と、あからさまに落胆する姿は、もはや年中行事のようになっています。

 また今年、ハルキゆかりの地・千駄ケ谷の鳩森八幡神社でも「村上春樹 ノーベル文学賞・カウントダウン」(笑)が行われ、発表の瞬間は約50人のファンが「おお〜ぅ」と落胆して涙を流した人もいたのでした。

◆春樹ファンにも「ハルキスト嫌い」が

 グーグルで「ハルキスト」と入れると、「キモい」がカップリング単語候補のトップに出る昨今。実は、“ハルキスト嫌い”が意外に多いのは、当の村上春樹ファンの中なのです。

「だってあからさまに賞で騒ぐなんて、村上春樹的な価値観といちばん遠いじゃないですか」と憤慨するのは、春樹ファンの女性会社員(33歳)。

「9月に出たエッセイ集『職業としての小説家』で春樹さんは珍しく文学賞について書いていて、いちいち騒がれることにゲンナリしている。あれを読んでなお騒げるハルキストって、どこ読んでんでしょうか? 今年、春樹さんの似顔絵を描いて『受賞したらダルマみたいに目を描き入れる』というハルキストが映ってましたが、恥ずかしくて見ていられなかった」(同)

 たしかに『職業としての小説家』の中で、村上氏はこう書いています。

「作家にとって何よりも大事なのは『個人の資格』なのだということです。賞はあくまでその資格を側面から支える役を果たすべきであって、作家がおこなってきた作業の成果でもなければ、報償でもありません。ましてや結論なんかじゃない」(「文学賞について」P76〜77)

 また、同じ章でレイモンド・チャンドラーの手紙を引用しています。

「ノーベル文学賞がなんだっていうんだ。あまりに多くの二流作家にこの賞が贈られている」「あんなものを取ったら、ストックホルムまで行って、正装して、スピーチしなくちゃならない」し、ノーベル文学賞はそれだけの手間に値しない! と書くチャンドラーに、村上氏もおおむね共感しているようです。

◆賞で騒いで群れるのは「村上春樹的じゃない!」

 また、別の春樹ファン(34歳・男性)は、「ハルキストって、群れたがるから嫌だ」と言います。

「村上春樹ほど、群れない人っていないですよ。編集者とツルんで文壇バーに行ったりしないし、文学賞のパーティにも出ない。春樹ファンなら、独りでストイックに生きる姿に感銘してるはずなのに、ハルキストって群れてる自分が恥ずかしくないのかな?」

 ハルキストも反ハルキストもめんどくせー、とも言えるわけですが。

 ハルキスト自体より「いちいち映像を取りに行くメディアが悪い」というのは、40代の女性ファン。

「あのブックカフェに集まったハルキストはたった12人で、マスコミのほうが多いぐらいですよね。村上さんってほとんど映像とかがないから、『画がほしい』ってことで、ごく一部のハルキストをテレビが取り上げすぎなんですよ」

 たしかにメディアもおかしくて、「10度目の候補となるも、今年も落選」なんて報じてるのもありました。が、ノーベル文学賞は「候補」なんて挙げないので、周りが勝手に春樹=有力候補とみなしているだけ。授賞者も、地域や男女が偏らないように選ぶと言われ、「文学性とは無縁の形式主義」(『職業としての小説家』P67)という見方もあります。

 きっと来年も行われるお祭り騒ぎに、春樹本人は「やれやれ」と思っているかもしれません。

<TEXT/女子SPA!編集部>