シリア戦は申し分のないところに着地した。ロシアW杯2次予選は半分を消化し、日本は本来いるべきポジション──グループ首位に立っている。

 前半のうちに失点をしていたら、結果は違ったものになっていただろう。ハイペースでゲームを運んだシリアの狙いが、先制点を奪うことにあったのは疑いがない。

 前半終了間際にピンチがあった。41分である。
 日本の左サイドからクロスを入れられ、ゴール前で後手を踏み、ゴールエリア内からシュートを許した。シリアのFWにもう少し決定力があったら、日本は前半を0対1で折り返していたかもしれない。

 同じような場面を、かつては良く見たものだ。日本のFWが決定機を逃すシーンを、である。1990年代前半までは、「チャンスは作ったけれど……」というため息が、国際試合で日常的に生産されたものだった。

 ストライカーの決定力不足で、最初に問われるのは個人の技術である。ただ、シュートを決められるかどうかの分かれ目は、技術だけではない。メンタルも影響する。そして、国際試合に臨むストライカーのメンタルは、自身と自身の代表チームと、対戦相手の影響も受ける。

 日本戦の41分に決定機を逃したオマル・フリビンという選手は、あのシュートの意味を強く認識していたはずだ。

 グループ首位を争う日本を相手に、先制のチャンスが巡ってきた。これを決めれば、日本は慌てるだろう。自分たちが精神的に優位に立てる──そうやって考えることができれば、彼はゴールを決めることができたはずだ。少なくともワクに運ぶことはできただろう。

 だが、シリアの2トップを担った21歳は、違う思いに駆られていたと想像する。
これを決めれば、相手は慌てるだろう。自分たちが精神的に優位に立てる。だから、決めなければいけない。もし外してしまったら、相手を生き返らせてしまう──日本がまだアジアで結果を残せなかった時代、ストライカーはこうした重圧を強く感じていたと聞く。チャンスを逃し、相手が息を吹き返し、結果的に敗れてしまったという記憶が、決定機を迎えたストライカーの心理を強張らせるのだ、と。かつての日本人ストライカーと同じ心理に、オマル・フリビンは駆られていたに違いない。

 シリア対日本戦のプレビューを伝えるイギリスのBBCは、「政情不安の続くシリアが、4度のアジアカップ優勝経験のある日本に挑む」と伝えていた。「4度のアジアカップ優勝経験のある」という形容詞が使われるのは、アジアで日本だけである。当然ながら、対戦相手は日本を強敵と見なす。直近のアジアカップでベスト8に終わったとしても、与しやすいとは考えない。考えにくい。

 積み上げてきた歴史が、現在進行形の試合のディティールに影響を及ぼす。それもまた、国際試合というものである。マスカットでつかんだ勝点3に、日本がアジアで重ねてきた勝利の意味を思った。