世の中で何があっても阪神タイガースが一面。それがデイリースポーツの矜持だ。先日、ラグビー日本代表がW杯で南アフリカ代表に対して歴史的勝利を飾っても、デイリーはブレなかった。

 デイリースポーツは1948年8月、関西初のスポーツ紙として神戸新聞社が創刊。1955年には東京へ進出した。他紙よりも虎番を多く投入し、どこよりも詳しいタイガース情報を伝えてきた。

 デイリーの認知が高まったのは東京と大阪が同じ“東西共通紙面”になったことが大きい。『猛虎襲来』の著書があるデイリースポーツの元編集局長・平井隆司氏はこう語る。

「それまで東京は巨人、大阪は阪神が一面だったが、1980年代に共通紙面となった。経費削減目的の統一だったが、これで東京の阪神ファンに売れるようになり、結果的に販売部数が増えた。暗黒時代には困ったが、地球が反対に回ってもデイリーは阪神で行くことになっています」

 実は過去、阪神球団がデイリースポーツをグループ化しようとしたことがあったという。

「“オヅの魔法使い”といわれた小津正次郎球団社長が報知と巨人みたいな形にしようとしたが、お抱え新聞になっても売れないという理由で実現しなかった。スクープが監督解任でなく選手の結婚では、読者も満足せんやろ、ということです。球団と適度な距離を保っているから時には厳しい記事も書ける」(平井氏)

※週刊ポスト2015年10月16・23日号