思い起こせば2014年のブラジルW杯を前にしたキプロス戦で走行距離が8.79キロだったことに関して、香川が直前のフロリダ合宿で行われた囲み取材で「体のキレがまだまだだったし、もっと走っているイメージだった」と話していた。その時は直前に鹿児島合宿でかなり体力的な負荷をかけていたこともあるが、絶好調時の姿に戻ることなく本大会を終えたことは苦い経験だ。

 運動量に関してはドルトムントに復帰した昨シーズンの後半戦から上昇傾向にあり、1得点1アシストを決めた3月のハノーファー戦では12.24キロというチームトップの走行距離を記録している。今シーズンはさらにフィーリングやチームの機能性、役割の明確化など実力を発揮しやすい環境が整ったとも言える。個人としての状態は良好。あとは日本代表でどう機能していけるかだ。

「ここ3試合はチームとして勝ち切れてないですし、僕個人として結果にもプレー内容にも納得は行ってないので、改めて気を引き締めて、また代表でしっかりと勝ち切ってクラブに戻りたい。本当にまたしっかりここを乗り越えないといけない」

 ドルトムントと日本代表では細かな戦術や攻撃陣の組み合わせなどが異なるが、高い位置からボールを奪いに行き、速いグラウンダーのパスで縦を狙っていく基本的な志向は似ている。今回のシリア戦を控え、ハリルホジッチ監督は日本の目指すスタイルについてこう説明する。

「できるだけグラウンダーの背後へのパスで仕留めて行こうと話している。そして走り込んで3人目、4人目を使う。(その中で)いろんなバリエーションを作り、グラウンダーのスピードを伴ったプレーで作りたい」

 だが、現状はそうしたプレーがチームとしてしっかり実現できているとは言いがたい。攻撃陣の一翼を担う本田圭佑も「監督が全部、種明かしをしていない部分はあるかもしれないですけど、目先で選手に求めているものでさえも、我々がこなしきれていないぐらい要求が高い」と説明しているが、その方向性をレベルアップさせるキーマンの一人が香川であることは間違いない。

 ここまで対戦した3チームは日本がほとんど相手陣内で攻めていたが、シリアは堅守速攻をベースとしながらも、中盤からの正確なパスと攻撃陣の推進力が明らかに違うレベルにある。その分、中盤で攻守の切り替わりが発生しやすく、指揮官が志向するサッカーを実現しやすい相手とも言える。

 守備から攻撃に切り替わった時にトップ下の香川に求められるのは、ボール奪取直後にパスを引き出し、周りのアクションをうまく活用すること。そこでチャンスがあればアフガニスタン戦で決めた先制点のように積極的なミドルシュートを狙ってもいいが、基本的な役割は攻撃のスイッチとなることだ。これまでの相手よりも中盤は厳しさが増すが、そこを打開できればゴール前にフリースペースを生みやすくなる。そのカギを握るのが香川のアクションなのだ。

「(日本代表には)前線のサイドのアタッカー、スピードある選手、ドリブルできる選手が多いですから、そういう選手をうまく生かして、自分もリズムに乗っかっていければ。そこの役割、ポジショニングや味方同士の意思疎通がしっかりできれば、お互いが生かし合いながらやれれば、必ずいいイメージで相手を崩せると思っている」

 香川の評価には常にゴールという結果がついて回り、彼にとってもプレッシャーになってきた部分もある。それは10番の宿命とも言えるが、本質的な役割はまず攻撃のスイッチになることだ。当時から経験を積み、周りも見えるようになった香川が現在のチームの中でどう周囲を生かし、崩しのスイッチを入れられるのか。そうした流れからゴールやアシストのチャンスが生まれた時にしっかり決め切ることも評価につながるが、起点のところでどれだけ機能できるかを基準に見ていけば、攻撃の中心を担うべき香川の本質が見えてくる。彼が自らの本領を発揮できた時、日本代表は間違いなく勝利に近づいているはずだ。

文=河治良幸