朝ドラ「あさが来た」(NHK 月〜土 朝8時〜)10月6日(火)放送。第2週「ふたつの花びら」第8話より。原作:古川智映子 脚本:大森美香 演出:西谷真一


8話は、こんな話


来るはずの新次郎(玉木宏)は来ず、代わりにあさ(波瑠)当てに手紙が届いた。それを“恋文”だとはつ(宮崎あおい/崎の大は立)に言われてときめくあさだったが、その頃、新次郎の家では大事が起っていた。

手紙はシンプルに


おそらく、今、「あさが来た」視聴者の多くは、「新次郎が素敵」と「はつが可哀想」のどちらかの感情に突き動かされて観ているに違いない。
とくに8話はそのふたつが中心で描かれていた。
新次郎はまたまたモテテクを披露。
今回は「お手紙編」。
行くと言って来れなくなったとき、手紙を送る。しかもその内容がシンプル。お元気ですか? ぼくも元気です、と相手の安否を気遣うのみ。英語の教科書の最初に出てくる挨拶の例文みたい。それでも、女心は充分くすぐられ、はつは「恋文だ」とあさを煽る。
しかも、自分は元気というのは嘘で、その頃、長男が病で倒れてお家が大変なことになっていたにもかかわらず、あさには心配かけないように振る舞っているのだ。なんて人間力備わっているのだろうか。
そんな新次郎の手紙の文字を「光源氏みたい」と嘆息するあさ。大森美香、やっぱり玉木宏に光源氏を想定して描いていたのかとにんまりさせられた。

主人公に罪悪感があるだけで


それから、はつ。
家のために嫁ぐことを決めたものの、なぜか時々涙ぐんでしまう。
あくまで健気に前を向こうとしながら、ふと、許婿が新次郎さんだったらよかったのに・・・と口にしたはつに、あさはドッキリ。本当はそうだったのだと思うと、さぞや胸が痛むだろう。
この後ろめたさと秘密をあさに与えたことで、主人公のキャラクター造型が元気と運の良さだけですべてを丸く収めていくという単純さから引き離す。自分の幸せが姉の不幸のうえに成り立っているというお墓のなかまでもっていかなくてはいけない秘密と、それに対する罪悪感が、あさの明るさの中に微妙な翳りを落とす。すると俄然ドラマに奥行きが生まれるってものではないか。
「なんでどす? なんでどす?」と世の中の仕組みの理不尽に食ってかかるあさは、ともすれば、白蛇はん(柄本佑)いうところの「でしゃばり」感が際立ってしまう。それよりも、彼女がやったことではないとはいえ、どうにもならないことを飲み込んで生きる業を背負っていれば、観ているほうも少しは同情できる。無垢過ぎるほうが時として攻撃されるのは、前作で証明済みだ。
いつか、はつにこのことがバレることがあるのか。バレたらどうなるのか。そんな先々の展開も気になってしまう。そうなると、他局のドロドロ昼ドラっぽくなってしまいそうだけれど。菊(萬田久子)のキャラも昼ドラのニオイが少しするし。さて、どうなるか。
(木俣冬)