遥かなるツール・ド・フランス 〜片山右京とTeamUKYOの挑戦〜
【連載・第77回】

 11月7日〜8日、沖縄県名護市を中心に2日間にわたって行なわれる「ツール・ド・おきなわ」。27回目を迎える今年の大会に、TeamUKYOを率いる片山右京が参戦するという。今年5月で52歳になった彼が、210キロの距離を走破しようと思い立った背景とは――。

 最近になって片山右京は、ふたたび真剣に自転車に乗りはじめた。

 現在、自らが率いるTeamUKYOを結成した背景には、もとをたどれば片山自身がスポーツ自転車に乗ることの愉しさを知り、そこから自身が選手として数々のレースに参戦するようになって、やがてチームを結成するようになった、という経緯がある。究極の目標としてツール・ド・フランス参戦を掲げ、チームを切り盛りするようになって4年目。チームは年を経るごとに経験を重ね、今シーズンは国内シリーズ戦のJプロツアーで個人・団体ともに圧倒的なリードを維持している。

 先月末には、「輪翔旗(りんしょうき)」こと経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップをチーム結成4年目にして制覇。同日に和歌山で行なわれた国体の自転車ロードレースでは、全日本チャンピオンの窪木一茂が優勝。若手有望株の山本隼も3位に入り、ダブルポディウムを達成した。

 このように、チームの実力は着実に向上を果たしているが、そのパフォーマンスアップと反比例するように、片山自身は徐々に自転車に乗る時間が減少していった。

 レースのプレイベントなどで、かつての名選手たちがふたたびサイクルジャージを身にまとって観客を喜ばせる「レジェンドレース」等に参加することはあったものの、それらはあくまで余技に近く、本格的なトレーニングを要するようなものではない。

 ところが、今年の夏ごろから片山は積極的に時間を作って、可能なかぎりふたたび自転車に乗るようになった。11月のツール・ド・おきなわに参戦するため、というのがその理由だ。

 ツール・ド・おきなわには、プロの選手たちが参戦する国際ロードレースの「チャンピオンレース」と、「市民レース」の2種類がある。片山が参戦する予定でいるのは市民レース、ただしプロと同じ距離を走行する210キロの部門だ。そのレースで結果を出すために、夏以降は積極的に自転車に乗りこんで、ここ1ヶ月では約7キロの減量にも成功した。レースの目標は、「最低でも完走。そのためには、6時間以内でゴールしたい」と話す。

「過去の結果を見ると、上位集団についていければ、おそらく5時間25分から40分くらいがゴールタイム。今の僕の力だと、おそらくその集団からは切れてしまって、ひとりで淡々と走りながら6時間以内にゴールまでたどり着けるかどうか、という微妙な状況。この状態を、あと1ヶ月でどこまで詰めていけるか。市民レースといっても、国際レースに出ても遜色のない人たちがたくさん参加するから、生半可なものじゃないとは思いますけどね」

 今回、ツール・ド・おきなわ参戦を決めた背景には、特に何か大きな理由があるわけではなく、「五十肩が治って体調が良くなったから(笑)」と、冗談めかして話す。

 しかし、よく話をきいていくと、やはりその裏には、今後の自分自身とチーム運営に向き合っていくためにあらためて覚悟を決める潔斎(けっさい)のような意味合いもあるようだ。

「言葉じゃうまく説明できないけど、若いころにF1へ行ったりエベレストの頂上を目指した前の日に、怯えを自分のなかから払拭して、言い訳をせず一歩目を踏み出したときのように、自分が年を取って弱くなっている部分をもう一回鍛えて、『よーし、もう一回やってやる』と活を入れるための覚悟......じゃないんだけど、なにかそういう『禊(みそ)ぎ』のようなものに近いところはあるのかもしれないですね。

 今回の挑戦が最後なのか、そうじゃないのかはわからないし、たぶんそんなことの繰り返しで死ぬまで葛藤をしているんだろうけど、少なくとも現時点では、自分に足りなかったのはそういう『頭や気持ちでは頑張っているつもりかもしれないけれど、本当はそうでもないんじゃないか?』っていうことなんだろう、と。

 だから、自分では若い子たちを応援しているつもりだったけど、『おまえ、実はそれは口先だけで、本当はたいして苦しんでないじゃないか。もっともっと頑張らないと、この先、皆に応援してもらうどころか、会社だってチームだってヤバい時が来るかもしれないぞ』と思う自分もいて、もしも将来にそんなときが来ても、はたして苦しみや痛みに耐えられるだろうか、そのときに笑っていられるくらい自分は強くあることができるだろうか。

 そんなことを考えつつ、若かったころにガレージに泊まったり、砂浜にブルーシートを敷いて寝たりするような、あのころと同じことをもう一度できるかと自問したりもするんですけど......。でも、最近わかったのは、『あ、オレ、できるわ』って。『もう一度ここから、ひとりになってもやってやる』という強い気持ちを持てているから、誰も応援してくれなくなって自分ひとりになったとしても続けていると思うし、『絶対にツール・ド・フランスに行ってやる』という決意も全然揺らいでいない。

 だから、そういうことを自らに問いかけて、自分自身を試すということもあって......。なんだかすごく前置きが長くなってしまったけど(笑)、要するに自分自身に対するチャレンジという意味も込めて、ツール・ド・おきなわに参戦しようと考えているわけです」

(次回に続く)

西村章●構成・文 text by Nishimura Akira