『グルブ消息不明 (はじめて出逢う世界のおはなし―スペイン編)』エドゥアルド メンドサ 東宣出版

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 作者のエドゥアルド・メンドサは、1970年代半ばから活躍しているスペインの小説家で、2015年にはフランツ・カフカ賞を受賞している(この賞は2001年より実施されている国際的な文学賞で、これまでフィリップ・ロス、ハロルド・ピンター、村上春樹、ジョン・バンヴィル、アモス・オズ、閻連科らが受賞)。ジャンルSFの作家ではないけれど、1991年に発表された本書はどこから見ても立派なSF。なにしろ語り手(私)が宇宙人なんだもの。本書を構成するのは地球に到着してからのログで、よほど几帳面なたちなのだろう、分単位で時刻が打たれている。

 私はグルプとともに、地球へ調査(なのだろう)にやってきた。バルセローナ近郊に現地時間の九日0・01に部下の到着。同じく07・15、グルプが現地住民と接触のために宇宙船を出る。私たちは肉体を持たずに来たので、目立たないように現地住民と同じ肉体をまとう。グルプはマルタ・サンチェスそっくりの外見になる。その写真を見ると(ちゃんと併載されている)なんとゴージャスなセクシー美女。日本の読者にはピンとこないが、マルタ・サンチェスと言えばスペインなら知らぬ者がいないポップスの女王らしい。「目立たないように」と言いながら、思いきり目立っているじゃん! 宇宙人だからソレがワカンナイのである。

 この段階で、この小説がどちらを向いているか察しがつこうというものだ。そう、SFであることは間違いないものの、より由緒正しい風刺・諧謔の文学に属しているのだ。スタニスワフ・レムの《泰平ヨン》シリーズ初期作品の味わいに近い。ただし、笑いのセンスについていえば本書のほうがずっと垢抜けしていて、ネタのバリエーションにも富んでいる。

 美人歌手の格好などしたせいか、グルプはいっこうに戻ってこない。連絡もない。しかたなく私は、翌十日の07・00からグルプの捜索をはじめる。私が選んだのはリバーレス公伯爵(17世紀スペインの貴族)の姿だ。

 08・00 路線バス17番に轢かれ、頭がもげる。
 08・01 オペル・コルサに轢かれる。
 08・02 荷物運搬のワゴン車に轢かれる。
 08・03 タクシーに轢かれる。

 ......とまあ、こんな具合で先行きが思いやられるのだが、私は(その後も外見をいろいろと変えながら)バルセローナ市内に腰を据えることになる。知りあいもできるし、宇宙人の手管でカネには困らず、思いついたものをためらいなく調達してしまう。あまつさえ同じアパートに住む女性に恋をする。もはや宇宙人というより自堕落なダメ男みたいな暮らしぶりなのだが、やっぱり宇宙人なので人並みではない。食欲が出てきたと言ってチューロ一キロ、ブニュエロ一・五キロ、ペスティーニョ三キロを平らげたり(いずれも揚げ菓子)、オモチャ屋ではバービー人形のパンツを百十二枚、家電店ではその店丸ごとを購入したり、吠えかかってくるマスチフ犬を四匹のチンに分割したり(なおかつハムスター一匹ぶんの素材が余った)、身体が放射線を発しているせいで雷に3度打たれたり、やることなすこととにかく大袈裟なのだ。エロチックやスカトロジックなエピソードも山盛りで、さながら宇宙からやってきたガルガンチュワである。

 本書の諧謔は双方向だ。いっぽうで私の「歩く大迷惑」ぶりを描きながら、もういっぽうで地球のあれこれを俎上にあげる。たとえば私は地球の出版物をよく読むのだが、感想がいちいちオカシイ。多大なる名声をほしいままにしているイギリス人女性作家の探偵小説は、「探偵は論理性をまったく欠いた作戦を続けざまに遂行したあげく、犯人を断言する(間違いだが)。そこでめでたしめでたし、となって本は終わる。犯人とされた者までがめでたいと言う。ところで執事とは何なのかがわからない」。『プレイボーイ』のカレンダーに出てくる若い女性は、「体の造りは独特で、これならば九万気圧の圧力にも耐えられるのではないか」。

 そんなこんなで、私は大いに困惑しながらも(そして困惑されながらも)、なまじっかの地球人よりもよっぽど地球暮らしに馴染んでいる。しかし、好事魔多し。あるとき(二十二日10・05)アパートのドアの隙間にメッセージを発見する。「どう、昨夜は楽しく過ごした? 今日はもっとずっと楽しいわよ。だからわたしに会いに来て。わたしはシロップと蜂蜜、アロマと防腐剤(E413、E642)でできた甘いお菓子」。

 怪しい。怪しすぎる。こんな誘いに引っかかる者はいない。でも、宇宙人は別だ。ああ、果たして私の行く先に待ちうける運命は......。

 それはそうと、グルプはいったいどうなったんだろう?

(牧眞司)