「福山ショックに見るイタイ反応」プロを目指すならば考えたい2つの視点
 福山雅治さんの結婚が、列島を激震となって走った。「ふくやま」と入れると「福山ショック」なるキーワードで検索結果が60万件以上も出てくる。本事象とは無関係ながら福山通運株式会社の株価は上昇し、福山雅治さんの所属事務所であるアミューズの株は8%以上も下落したそうだ。

 そして一番の話題は、福山さんの結婚報道を機に、

「福山雅治さんが結婚したと聞いて、仕事が手につきません。帰ります。明日も休みます」
「母ちゃんはヤル気をなくしたので家事を1日休業します」
「ニュースを聞いて職場で号泣して、気を失った」

 などといった発言、SNSへの投稿が相次いだことだろう。

 また、なかには士業やコンサルタント、経営者といったプロからも、そのショックの声があがっていた。

「3年前の私なら1ヶ月は寝込んでいるほどのニュースだった」
「会社の決裁、今日は正しい判断ができないため休業します」
「相手の女性を選ぶ基準が、私が望んでいた圧倒的な基準とはかけ離れていたため納得がいかない」

◆プロとしての自分のブランド価値を毀損していないか?

「偶像=アイドル」として、福山さんを捉えていた一般的なファンにとってショックだったのは、理解ができるし、想像ができる。日々のささやかな喜び・楽しみ、そして素敵な異性としての憧れ、安心感を与えてくれる存在……こうした感覚は、アイドルや芸能人だけでなく、ペットや大事な知人友人など、どんな世界にもあることだろう。結婚報道が、ショックとなって、自暴自棄な気分になったり、やりきれない気持ちになってしまうことは、共感できる。

 しかし、筆者はどうしても首を傾げざるをえないことがある。それは、プロフェッショナルな仕事をしている人が、同じような発言を平気で続けていたことである。

 プロとして、クライアントからの信頼こそが最大の資産であるはずの人々が、自暴自棄な発言、言動をすることは、自分自身のブランドを毀損することに他ならないのではないか。感傷的な発言や世の流れに呼応した投稿もたまにはあっても良いだろう。しかし、世の流れに汲みせずにクリティカルに事象を捉えたり、苦境であってもシビアな活路を見出していくことが求められるプロとしては、この発言はもったいない。

 もちろん、こうした自暴自棄な発言も「シャレ」「おふざけ」であり、一般人と同じように遊んでいると見ることもできる。しかし「自分がどう見られるか=市場価値」として仕事をしている身にとっては「相手=お客様(未来のお客様)」がどう見ているか、感じているかを測るのは、非常に重要なことなのではないだろうか?

◆「リフレクション(内省・再考)できる」プロを目指そう

 また、人材育成に関わる筆者の立場からは、もう1つ問題を感じざるを得ない点があった。昨今の人材育成では、「リフレクション(内省・再考)できる人材を育てよう」という方向性がある。人が教えたことを実施できるより、様々なビジネスの現場経験から、自身で振り返って学び取れる人材を育成しようという考え方である。世の中の環境変化が激しい時代には、教えたことは応用が効かないことも多い。また何が正解なのか、上司も判断に困るような事象も増えている。だからこそ、現場で内省・再考しながら、自律的に対応し成長できる人材を育成しているのだ。

 このリフレクションという視点の欠如を、もう1つの問題として感じた。プロフェッショナルであれば、福山ショックを公言することに対して、内省・再考というブレーキがなぜ効かなかったのだろうか。自分の言いたいことをそのまま吐き出すことのリスクは、十分再考・内省すべき事項ではなかっただろうか。