愛情ホルモン「オキシトシン」の可能性と危険性 Rina/PIXTA(ピクスタ)

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 "愛情ホルモン"として、にわかに注目を集めているのが、脳内分泌物質の「オキシトシン」。当サイトでも「見つめ合って『愛情』ホルモンが増加、人と犬の心の絆を証明!?」「赤ちゃんは視力が弱くてもモノを見分ける力がある! 母性本能をくすぐるDNAの不思議」で、オキシトシンが母性本能に訴える働きなどを紹介した。そのオキシトシンが、「自閉症治療にも効果を発揮する可能性が期待できる」という実験データが今年9月、英科学誌に発表された。

 発表したのは、東京大学の山末英典准教授らの精神医学チーム。オキシトシン効果が自閉症患者の対人関係で確かめられたのは初めてだという。実験の結果から、発達障害の一種で、相手の意図を汲み取ることが苦手な「自閉症スペクトラム(ASD)」の人のコミュニケーション障害が改善されるという報告が出た。

原因は解明されておらず治療法も未確立

 俗に"自閉症"と呼ばれるASDは、一般人口の100人に1人以上で認められる代表的な発達障害。原因は完全には解明されておらず、その治療法も確立されていない。うつ病や引きこもりとは、根本的に異なる先天的発達障害のひとつだ。

 相手の気持ちや意図を汲み取れない、そのためスムーズな対話や人間関係が築きにくいなどの特徴をもつ。いわゆる"空気を読む"のが困難なため、集団生活や協同作業に困難をきたす。

 ASDは圧倒的に男性に多く、その8割以上が男性というデータもある。幼少期から人と視線があわない、顔の表情や体の姿勢、ジェスチャーが不自然など、見た目からその障害が察せられる面もあれば、成長とともに、年齢相応の交友関係、人間関係が築けないなど、社会生活を送るうえで、数々の困難に遭遇する。

 山末英典准教授らの行った実験は、次のようなものだ。ASDの男性20人に、オキシトシンと偽薬を1日2回ずつ、連続6週間にわたって、鼻に噴霧し効果を比べた。そして、インタビューや、パズルやゲームを共同で行った際の表情や視線、会話などを点数化して判定した。

 その結果、オキシトシンを噴霧したほうが、重症度を示す数値が偽薬より約2割低かった。オキシトシンによって、脳の内側前頭前野の領域の機能が刺激・向上されるためだ。

"ヒトの心理を操る"媚薬?

 根本的な治療法は確立されていないASDは、周囲の理解と支援に頼っているのが実情だ。その点で、貴重な治療法の候補になる可能性が発見された功績は大きい。

 ただし、このオキシトシン、その実像は解明途上で、治療薬としての利用は薬事法で認可されていない。海外通販などで入手することはできるが、その目的は、もっぱら「発情を促す」「社交的になる」などの側面に向きがちだ。

 オキシトシンは、良好な対人関係が築かれているときに分泌される。闘争心や対人恐怖を和らげることは、かねてよりいわれてきた。その半面、相手への寛容度が増す、抵抗心が低下することから、相手を盲目的に信用してしまい、不利な金銭契約を結びやすくなるという実験データもある。つまり、相手に"丸め込まれてしまう"ということだ。

 医療現場では、子宮収縮薬や陣痛促進剤としても使われ、母親が母乳を出すときやスキンシップのときに分泌されるオキシトシン。「愛情」「包容」「幸せ」などを冠し、あたかも"魔法の媚薬"のように魅力的だ。しかし、裏を返せば、作為的な摂取や噴霧によって「ヒトの心理を操る」怖い力も秘めていることに注意しておきたい。
(文=編集部)