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2015年11月24日に打ち上げが予定されているH-IIAロケット29号機には、「高度化」と呼ばれる改良が初めて施されている。この高度化により、これまでH-IIAが抱えていた問題のひとつが解決され、世界の他のロケットと、ほぼ同じ地位に立つことができるようになった。

連載の第1回では、従来のH-IIAが抱えていた問題について紹介した。

第2回となる今回は、その問題を解決する代表的な3つの方法と、その中から高度化で採用された方法が選ばれた理由について紹介したい。

○格差を埋める3つのやりかた

前回触れたように、H-IIAは静止衛星を打ち上げる際、世界の他のロケットと比べると条件の悪い静止トランスファー軌道にしか投入できないという問題を抱えている。そのため、静止軌道へ乗り移るのに必要な衛星側の負担がより大きくなってしまっており、H-IIAが商業打ち上げ市場で苦戦している理由のひとつとなっていた。

H-IIAが世界水準のロケットになるためには、どうにかしてこの世界との格差を埋めなくてはならない。

そのためには大きく3つの方法がある。

そもそも赤道直下から打ち上げる
1つ目は「ロケット発射場を赤道近くに造る」ことである。種子島宇宙センターから打ち上げられた衛星が、静止軌道から大きく傾いた静止トランスファー軌道に入ってしまうのは、種子島が北緯30度にあるためである。そこで、そもそも最初から赤道近くからロケットを打ち上げれば、その傾きは最初から静止軌道とほぼ同じになるため、傾きを修正するために必要や増速量が減らせるということになる。

この方法は、欧州の「アリアン」ロケットと、国際合弁企業のシー・ローンチ社の「ジニート」ロケットなどで採用されている。アリアンは赤道に近い、南米のギアナに発射場がある。ジニートはウクライナとロシアのロケットだが、大きな船の上に発射台を造り、赤道直下の太平洋上までロケットを運んで、そこから打ち上げている。

しかし、アリアンの場合は、ギアナがフランス領だからできることであり、日本が同じことをするのは難しい。

ちなみに、かつて日本は1990年代に、南太平洋にあるキリバス共和国の東端にあるクリスマス島の土地を借り、ロケット発射場を造る検討をおこなったことがある。クリスマス島には当時からロケットの追跡局が設けられていたが(現在も使われている)、これを拡大し、ロケットの打ち上げや、当時計画されていた日本版スペース・シャトル「HOME-X」の着陸場所として使おうとしたのである。2000年には島の南半分を借りる契約が交わされ、波止場の新設、道路や空港の補修工事がおこなわれた。しかし、その後HOPE-Xが計画中止になったことで、現在では土地貸借契約も解消されている。

もし、クリスマス島にロケットの打ち上げ場所を新たに建設するとなると、たとえば日本で製造したロケットを運ぶのにお金がかかり、かといって現地に工場を造るのも大変である。作業員の移動や滞在にもコストがかかる。それに見合うだけの需要があれば良いが、当時も今も見込めないため、実現には至っていない。

またジニートのように船から打ち上げるとなると、たとえば推進剤の貯蔵、運搬をどうするかといった問題や、ロケットや衛星に問題が起きたときに対処できる範囲が小さくなり、事と次第によっては港に逆戻りしなければならなくなる。また塩害への対策なども必要になり、運用が難しくなるという問題がある。

両案とも、日本がやるのは不可能というわけではないが、今のところは実現性に乏しい。

スーパーシンクロナス・トランスファー軌道
2つ目は「もっと地球から遠く離れる軌道に衛星を乗せる」ということである。通常の静止トランスファー軌道は、遠地点高度が静止軌道と同じ約3万5800kmだが、ロケットのエンジン噴射をさらに続け、これをもっと上げ、6万kmや10万kmといった、ぐんと高い軌道に衛星を乗せる。

すると、遠地点で衛星がもつ運動エネルギーの多くが位置エネルギーに変換されるため、軌道傾斜角の変更が、通常の静止トランスファー軌道からおこなうよりも少ない燃料でできるようになる。最終的に遠地点高度を静止軌道と同じ高さまで下げる必要はあるものの、トータルで見ると燃料の消費量は少なく済む。こうした軌道のことを「スーパーシンクロナス・トランスファー軌道」と呼ぶ。

世界的に見れば、赤道の近くに発射場をもっている国のほうが少ないため、種子島と同様、あるいはさらに北に発射場をもつ米国やロシアのロケットは、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道への打ち上げをたびたび行っている。

しかし、この方法はロケット側の負担が大きくなるため、その分打ち上げ能力が落ちてしまうという代償を伴う。現行のH-IIAでも、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道への打ち上げは可能で、その際に必要な残りの増速量を世界標準の秒速1500mに合わせることもできるが、その場合SRB-Aを4基装着する最強の204型でも、打ち上げ能力が2トン強にまで下がってしまう。現在、多くの静止衛星は4トン以上あるため、これではあまり役に立たない。

また、衛星の最大到達高度が非常に高くなることで、ロケットや衛星の追跡や通信が難しくなり、運用が大変になるという問題も新たに生まれることになる。

○大きな荷物を玄関先から部屋の中まで

そして3つ目、またH-IIA高度化で採用された方法が、ロケットの第2段機体を使い、これまで衛星が負担していた分のエンジン噴射を肩代わりするというものである。

第1回で触れたように、静止衛星が静止トランスファー軌道から静止軌道に乗り移るためには、遠地点でエンジンを噴射して近地点高度を上げ、そして軌道傾斜角を赤道上と同じ0度に変更する必要がある。そこでもし、ロケット側がその噴射のいくらか肩代わりすることができたならば、その分衛星の負担を軽くすることができる。これが高度化の考え方である。

例えるなら、今まで大型家具のような大きな荷物を注文しても、玄関先までしか届けてくれなかったけれども、それが部屋の中まで運んでくれるようになる、といった感じだろうか。組み立てや設置はこれまで通り自分でやらなければならないものの、全体的な負担はかなり軽減される。

同様の打ち上げ方法は、ロシアや米国、中国のロケットでも採用されている。特にロシアのロケットは、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道と組み合わせることでより衛星の負担を小さくすることができ、また3.3トン以下の衛星に限られるものの、静止軌道に衛星を直接投入することもできる。

H-IIAの場合、これまでは遠地点高度が静止軌道と同じ約3万5800kmに達したところで衛星を分離していたが、高度化ではこの時点では分離せず、そのまま衛星といっしょに慣性飛行し、軌道を約半周する(この慣性飛行の間を「ロング・コースト」と呼ぶ)。そして軌道の遠地点に達したところでまたエンジンを噴射し、軌道傾斜角を変え、同時に近地点高度を上げてから、衛星を分離する。

これにより、分離後の衛星はアリアン5などで打ち上げられた場合と同じ、秒速1500m分の増速量だけで静止軌道にたどり着けるようになる。

もちろん、この場合でも代償として打ち上げ能力は落ちるものの、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道に打ち上げた場合ほどではなく、4.6トンから5トンほどまでに止まる。最近では6トンや7トンもある大型の静止衛星が出てきているため、少し心もとないが、中型の静止衛星の需要はまだ多い。

だが、この打ち上げはロケットにとって大きな負担になる。軌道を半周するということは、ロケットの第2段機体はそれだけ長時間の宇宙航行に耐えなければならない。

また、ロケット・エンジンの点火と停止を繰り返すのは難しく、たとえば無重量状態でタンクの中の推進剤がどういう動きをするのか、その動きをどうやれば制御でき、そしてどうやればエンジンに確実に送り込めるのか、といった知識や技術は、一朝一夕で得られるものではない。

高度化が実現できた背景には、JAXAと三菱重工が長年、液体酸素と液体水素を使うロケットを運用し続けてきたことによるノウハウの蓄積がある。まさに日本の液体ロケット技術の集大成と言えよう。

では、高度化を実現するために、H-IIAにはどんな改良が加えられたのだろうか。

(続く)

(鳥嶋真也)