天才・落合陽一と巡る、ドン ペリニヨンの旅

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最高級シャンパンの1つとして知られるDom Pérignon(ドン ペリニヨン)に新たな名称として登場した『Dom Pérignon P2-1998』。そのシークレットレセプションパーティが、7月28日に開催された。その会場で圧巻のインスタレーションを披露したのが、筑波大助教・落合陽一研究室主宰でありメディアアーティストの落合陽一だ。現地にて、彼のクリエイションの源泉を訊ねた。

──ホールのあちこちに、落合さんが手がけたさまざまなインスタレーションが用意されていました。A4Aの東市篤憲さん(映像)、牟田口景さん(音響)、オプトロンパフォーマンスの伊東篤宏さんらとともに手がけられた今回の展示には、どんなテーマが設定されていたのですか?

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今回の取り組みでは、ドン ペリニヨンのシャンパーニュの熟成のピークを表す「自然の凝縮したエネルギー」というテーマを聞かされて、自然のもつ極限を人工的につくる、というアイデアが出てきました。

──会場には、落合さんが手がけたインスタレーションが5つ配置されています。なかでもシャボン玉を使ったものが多いですね。

ぼく、シャボン玉が好きなんです。シャボン玉の膜って、光を虹色にするくらい薄くて、なにかの象徴じゃないかって思うくらい。その「自然にある極限の薄さ」に美が現れる、というのを目指したわけです。

ほかのインスタレーションとして「テスラコイル」も用意しましたが、そちらは逆に、発せられる高電圧という「極限に大きな力」の美しさを表したかったんです。(超音波スピーカーを使って極小のウレタン粒を浮かせるインスタレーションについては)「音」って、1つひとつのスピーカーから出る音波は微かな力でしかありませんが、1,000個のスピーカーを集めて超音波を凝縮させると、物体を動かしたり、重力に逆らったりできる力になりえます。これもつまりは、「自然の凝縮したエネルギー」、です。

──会場のいちばん奥に用意された、暗幕で閉ざされた空間が、非常に印象的でした。ここでもシャボン玉が使われていましたね。

いま、空間そのものをいかにプログラミングするか、ということに興味があるんです。ここでは、空間いっぱいにシャボン玉を満たして、あちこちにプログラミングされたLED光源のストロボライトを配置しています。

何の灯りもつけないと本当に真っ暗で(きっと宇宙の始まりってこんな感じだと思うんですが)、いざストロボを発光させると、そこに立っている人は、あちこちを行ったり来たりしている錯覚に陥る。空間全体をどうプログラミングするか、あるいは人間の視覚特性を使って、いかに空間をハックしてくかを試しているんです。

原理は単純なのですが、最近つくったもののなかでも、けっこう好きですね。でも、(シャボンだらけになるので)ギャラリーからは断られるんだけど(笑)。


──落合さんは、どうしてそんなにシャボン玉が好きなんですか?

ちっちゃいときから好きなんです。シャボン玉そのものはほんの少しの液体でつくられていて膜も非常に薄いのに、大きな体積をつくれる。それがとても合理的だって感じるんです。

──子どものころからそんなこと考えてたんですか?

ええ。極めて数学的な物体で、さらに、分子感のある動きをするのも好きですね。今回のインスタレーションでは、理系的な目線から面白いと思えるものと、単純に感覚に訴えるものと、いろいろ配置しました。そうするのが、おもしろいかな、と思ったんです。

──いわゆる理系的なものを「おもしろく」プレゼンテーションするのは、とても難しいことだと思います。そしてそうした困難さを、多くの科学者たちが抱えていると聞きます。でも、落合さんはそれを軽々と超えてるように思えます。

ぼくは、「人間の心を動かすような技術」に興味があって、だからこそ、メディアアーティストを名乗っているのだと思います。皆が「スゲー」って思わないものをつくっても仕方ない。それは、一般ウケするものをつくるということではなくて、「すごいものでなければ、そもそも研究する意味がない」。きっとそれは、最前線にいる研究者は誰もがそう言うと思います。

「スゲー」っていうのは、つまり原理的な感動なんですよね。コンテクストに関係なく、単純にすごいものだと思えるかどうか。とくに文化的なコンテクストが消えつつあるいま、それを超越した「凝縮されたもの」が求められているのかもしれません。

テスラコイルの迫力に初めてふれたら、きっと心震える思いをする。音響浮揚を初めて見たら、きっとびっくりする。ぼくは、そういった感動を生む「美しい原理」そのものを追求しているのだと思っています。

──活動をはじめる最初のころから、そういった思いを抱えていたんですか?

サイエンスかアートかというと、ぼくはアートから入っていきました。メディアアートに興味をもって、“コンテクストではない絵筆”を探しているうちに、いつのまにかサイエンスっていう武器の強さに気がついた。ならばもっと理系の勉強しよう、と思ったのです。

──どうして、そう思ったんですか?

いま、テクノロジーのイベント、例えばアップルの新製品発表会だとかグーグルの発表会だとかに、人の興味が向いている。それは、アートに比べて、テクノロジーこそが共通のコンテクストになっているからです。

社会全体がテクノロジーという共通のコンテクストの上に成り立っていて、しかもそれは、アートの細分化されたコンテクストより誰もが親和性をもちやすい共通の、そして広大な土壌をもっています。だから、テクノロジーそのものによる原理的な感動のほうが、人の心を揺さぶりうると思っています。

──企業やブランドとは、よくコラボレーションされるのですか?

けっこうありますが、今回ほど大々的なものはめったにありません。企業と組むと、自分が思っていることを実現できないと言う人もいると思いますが、でも今回のような大規模なものでも、ぼくは好きなことしかやらなかった!

──どうして、できたのでしょう?

色々な条件が要求されるなかで、ぼくの好きなインスタレーションを組みたいと決めて、彼らはそれでいいと言ってくれた。ドン ペリニヨンの「P2-1998」というシャンパーニュのもつ「自然の凝縮したエネルギー」という表現は、ぼくの表現に合っていたのでしょう。きっと、それくらい創作の自由度の高いほうがマスターピースは生まれやすい、と思っているんです。