『民主主義ってなんだ?』(河出書房新社)

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「黙ってはいかん。殺されてもいけないけど、でも、黙らない」

 奥田知志さんは、怯むことなく、きっぱりと、そして明るく言い切った。
 すでに報じられているように、SEALDsの中心メンバーである、奥田愛基氏が殺害予告を受けた。それだけでも卑劣で許されないことだが、さらに卑劣なことに殺害予告は、奥田愛基氏の家族までをも標的にした。
 本サイトで先日指摘したが、奥田氏の家族までターゲットとなった背景には、「週刊新潮」の父親バッシングがあったと思われる。「週刊新潮」は愛基氏の父親である奥田知志さんがホームレスの支援をしていることを「近所で迷惑」、かつて小泉首相の靖国参拝に反対したことを「反天皇主義」などと悪し様に書き立て、テロを煽ったのだ。
 さらに愛基氏が28日にツイッターで殺害予告を受けたことを公表して以降、奥田親子に対するバッシングは、ますますエスカレートしている。
 この異常な状況をどう受け止めているのか。本サイトは父親の奥田知志さんが都内で安保法制に関する講演に出席するという情報をきき、会場で直撃した。殺害予告についてたずねると、知志さんは率直にそして非常に明晰に語ってくれた。

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 ハッキリ言って怖いですよ。殺すって言われると。
 息子は、一層つらいと思いますよ。自分だけではなく、「家族も」ということを言われている。彼にとって、いちばんイヤなことだと思います。電話したときも、第一声は『申し訳ない』でした。おとといも会って話しましたけど。

 でも、「怖い」の中身は何かというと、もちろん「殺す」ということの怖さがあります。でも、もうひとつ別の怖さもあります。
 送られてきた殺害予告の手紙には、なぜ殺されるのか何も書いてないんですよ。言葉がない。なんのために我々が殺されなければならないのか、という理由がないんです。つまり、問答無用ってことでしょ。そこには、一切の対話や言葉を介さないという。
 手紙っていうのは言葉のやり取りなんだから、ふつうはもうちょっと書くでしょ。これこれこういう「理由」でと。例えば安保法制に反対しているから、というなら、理解できるし、対話もできる。しかし、それがまったくないのが、すごく怖い。

 この怖さは、憲法がないがしろにされている今の状況を象徴していると思います。
 つまり、言葉がない。議論がない。反対意見は封殺される。
国会での議論を見ていても安保法制についても「政府が総合的に判断する」のひと言だけで何も説明しない。憲法を解釈で変えてしまい法的安定性は関係ないと強弁する。説明もなければ議論も不十分であることは否めない。当然、国民の多くは理解できないままです。いや、そもそも国民の理解を得るための説明がどれだけ必要と思っていたのか疑問です。ことばを大事にしない。憲法は、ことばに対する信頼です。
 そういう時代をこの手紙は象徴しているように思います。問答無用という感じがします。一方的に、ともかく「黙れ!」と言われている。その理由さえ問うなという。

 家族の命の問題がともかく心配ですが、このままだといろんな人が黙らされていく。ほかの人にも殺害予告が来てもおかしくないように思います。
 安保法制が成立して「戦争できる国」になったわけですが、戦争状態とは何か?ってことを考えると、他国と戦いを交わすということ以前に、我々の日常が壊されるということだと思います。我々の日常を守っているもの、それを担保しているものの大元が憲法だと思います。つまり、憲法は私たちの権利を保障しており、それに基づき日常が成立していると思います。でも戦争になると、自由にものが言えなくなり、自分の持ち物も国に差し出さなくてはいけない、行動も制限されるわけです。憲法で守られているはずの我々の権利が制限されていく。対話もなく、一方的に、です。
 そう考えると、今回の問答無用の手紙は、"対話がない""言論が封殺される"という状況を示している。その意味で、既に戦時中みたいな感じがします。
 だから、黙ってはいかんと思うのです。当然殺されてもいけないし、殺されたくない。けれど、ここで黙ると、この時代の危険な空気をますます推し進めることになりかねない。だから黙るわけにはいかないと思います。

 僕は牧師です。だから、神様を信じるし、人間を信じたい。あらゆる方と対話できればと思います。こちらの意見に反対なら反対の意見をきかせてほしいと思います。
 そもそも僕と息子だって意見は一致しているわけではありません。彼は立憲主義を重んじている。一方で「じゃあ、改憲すれば、戦争してもいいのか?」と常に議論しています。ちがう意見の人に対しても、黙れと言わないのが、日本国憲法です。
 手紙を出してきた人とも、対話できると僕は信じたい。

  憲法や言論の自由について明快な考えを示してくれた、知志さん。さらに印象的だったのは、自分と息子・愛基氏の意見がちがうことを語っていたことだ。実際、「週刊新潮」などの批判や報道についても、知志氏は自分に対するバッシングうんぬんよりも、親子を一体として攻撃していることに強い憤りを感じているようだ。

 僕と息子が一体とか、僕の影響とかいうのは、息子に対して失礼な話です。
 そりゃ、我が家で育ってるわけだから、ものを考えるきっかけはあったかもしれないけれど、僕が「あれしろ」「これしろ」って言ったことはない。彼が中学のときにいじめなどがあって死線をさまよいながら、孤独に考えて、選びとってきたことです。
 だから、彼が国会の中央公聴会で「孤独に考えろ」って言ったのを、僕はかっこをつけているとは全然思わなかった。実際、彼自身が孤独に考えてきたっていう体験から出てきた言葉だと思いました。

「週刊新潮」の記事では、僕のことを「反天皇主義」だって書かれましたけど、学生時代から「天皇制」について議論してきたのは事実です。これに関しては、週刊誌の引用通り、以前本に書いていますし別に隠していません。人がそれを読んでどう感じるかわからないけど、それは異論として議論する事柄です。
 ひどいなと思ったのは、根拠のないホームレス差別の記載。
 それから、もっともイヤだったのは、「この親にしてこの子あり」と、最後の部分で息子を親父で規定したことです。SEALDsや息子のやっていることは、彼自身が考え、選び取り、決断したことなのに。息子は息子、僕は僕で別人格です。
 たとえば、安倍首相に「バカか、お前は」って言ったことには、「それはいけない」って、僕はメールしましたよ。

 安倍首相に「バカ」っていう言葉がいいかどうかという批判はあるだろうし、若気の至りで言ってしまうっていうこともあるだろう。だけど、批判するなら、それは「奥田愛基の言葉」として批判するべきだ。親父の影響で言っているなんていうのは、彼に失礼だ。彼が孤独に思考したことなのだから。
「週刊新潮」の「親の背中を見て子は育つ」という最後のひと言は、息子に対して本当に失礼だと思いました。

  28日に殺害予告が公表されてから、ネトウヨなどを中心にバッシングがさらにエスカレートしている。奥田さんが被害届を出したことに対し、「それが集団的自衛権だ」とか「酒酌み交わして話し合うんじゃないのか」といった、支離滅裂な誹謗中傷がなされている。このことについてもきいてみた。

 そんなこと言われているのですか? 「酒酌み交わす」っていうのは、福岡の西南学院大学の後藤(宏基)くんが国会前で「福岡はアジアの玄関口だから、中国や韓国の人たちと、酒を酌み交わして仲良くなる。僕自身が抑止力になる」って話したのを使ってるんだろうなあ。
 いいですよ。手紙を出してきた人と酒酌み交わしたって、僕はいいよ。だけど、そのことと殺害予告は別でしょ。それはしちゃいけない、法治国家なんだから。

 でもネット右翼って一口に言うけど、いろんな位相がいるんだろうな。SEALDsに対してまぶしさを感じてるような人もいるんじゃないかな。実際、僕が知っている、路上で見ている若者と、SEALDsの若者は全然ちがいますから。これはSEALDsに対する批判ではないですけどね。
 これからもSEALDsはみんなを引っ張っていくだろうと思います。これだけ反対の世論が盛り上がっていても、安倍政権の支持率はまだ4割もあるでしょ。表層で起こっていることと奥のほうが別の世界というか、社会の上部と下部が乖離しているように思います。

 ただ最近、大阪でずっとひきこもりで、社会なんかイヤだなって思ってたというコが、戦争になったらどうなるんだとかいろいろ考えて国会前にやってきて、「私には夢がある」って話したんです。「30年後くらいにかなえたい夢がある。喫茶店を開いて、ごはんを食べられない子にごはんを食べさせてあげる」って。ああいう立ち位置の若者が出てきたか、と。SEALDsは学生運動で労働運動じゃないけど、労働者はじめ、様々な立場の人の声が上がり始めていると思います。いずれ、私の日常で出会う路上に暮らした青年たちも自らの声を上げるでしょう。

 大学から殺害予告がFAXで送られてきたとき、その理由は書かれていませんでした。僕が深読みしすぎなのかもしれないけど。ああこれが「特定秘密保護法」の時代なのかとも思いました。
 なぜ戦争をするのか? なぜ自分は戦争に行かなければいけないのか? そんな肝心なことが「特定秘密」だと言われて教えてもらえない。言葉がない時代になっていく。理由を問うてはいけない時代。ハイとしか言ってはいけない時代――。
 あの手紙は、そういう時代を先取りしています。
 だから、黙っちゃいけない。


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 自分自身や家族が危険にさらされているというのに、それ以上に現在の時代状況に対する危機感と、それと真摯に向き合う強い覚悟を語った知志さん。
 そして息子・愛基氏に対しては、自分とはちがう自立したひとりの人間として尊重し、意見のちがう部分は議論を交わしながら、その活動を理解し応援する。同時にネトウヨのようなSEALDsとは相容れない若者にも理解を寄せようとし、殺害予告犯にも対話できるはずだと呼びかける。その誠実さと真摯な姿勢に、正直、感銘を受けた。
 それに比べて、殺害予告犯、そして今なお意味不明なバッシングを叫ぶ者たちの卑劣さは、どうだろう。彼らは、このインタビューを読んでもなお同じことが言えるのだろうか。ぜひ聴いてみたいところだ。
(編集部)