今シーズン、田中将大は辛辣なことで知られるニューヨークのメディアから批判され続けてきたが、ここにきて急に風向きが変わり、ヒーロー扱いされるようになった。
 理由は明確だ。終盤になり若い先発投手たちが軒並み調子を崩しローテが崩壊状態になる中で、それまで不安定だった田中が見事に復調。相手打線に付け入る隙を与えない完璧な投球を見せるようになったからだ。

 それを象徴するのが9月13日のブルージェイズ戦だった。
 今季前半、ヤンキースはア・リーグ東地区の首位を独走していたが、ブ軍が7月末のトレードで大幅に戦力を増強し、8月に入って猛追を開始。8月下旬には首位に立ったが、その後は抜きつ抜かれつの展開になり、両軍の直接対決4連戦が始まった9月10日時点ではブ軍が首位に立っていた。
 ただ1.5ゲーム差しかないのでヤ軍が4連戦を3勝1敗で終えれば、再び首位に立つことができるという状況だった。
 しかし、この4連戦は初戦からヤ軍投手陣がブ軍打線にカモにされ11、9、10失点して3連敗。ゲーム差が4.5に拡大しただけでなく、4戦目も大量失点して惨敗すれば、チーム全体が戦意喪失しズルズル負け込む恐れが出ていた。

 まさに崖っぷちに追い込まれた第4戦で先発した田中だったが、波に乗る相手打線を多彩な球種を効果的に使った頭脳的なピッチングで翻弄。7回無失点に抑えチームの危機を救った。
 メディアはこの快投を、
 「タナカ、ヤンキースの出血を止めることに成功!」(NYポスト)
 「タナカにガソリンを注入されたヤ軍。連敗を5でストップ」(FOXスポーツ)
 と、大きな見出し付きで報じた。
 また、地元紙『ニューズデイ』は「これでヤンキースはワイルドカード・ゲームを恐れることはなくなった」と書いた。地元紙がこのような書き方をしたのは、田中がブルージェイズ相手の絶対負けられない試合で好投するのを見て、タフな状況ほど力を発揮できるビッグゲーム・ピッチャー(大試合に強い投手)という認識を強くしたからだ。それほどワイルドカード・ゲームで先発する投手はプレッシャーに負けないタフなメンタリティーを要求される。

 ワイルドカード・ゲームは地区優勝したチーム以外で、勝率の高い上位2チームがポストシーズン進出をかけて雌雄を決する試合のことである。大きな特徴は1試合の結果だけで勝者と敗者が決まるため、先発投手に大きなプレッシャーが掛かることだ。そのためトップレベルの実力があっても、プレッシャーに弱い投手は実力を十分発揮できないことが多い。
 いちばん活躍が期待できるのは、田中のようにプレッシャーに動じないだけでなく、それを力に変えることができる投手だ。ヤ軍が相場よりかなり高い7年1億5500万ドルで田中と契約したのも、ポストシーズンの生きるか死ぬかという状況でフルに実力を発揮できるビッグゲーム・ピッチャーだと評価したからだ。

 田中が10月6日に行われるワイルドカード・ゲームで対戦する可能性が高いのはレンジャーズとアストロズ。
 レンジャーズなら先発投手の本命は右腕エースのガヤルド。左腕のハメルズが出てくる可能性もある。ガヤルドはヤ軍が苦手。ハメルズは7月末にレ軍に移籍後、深刻な一発病にかかっているので、どちらが先発しても高い確率でヤ軍が勝利するだろう。
 問題はアストロズとの対戦になった場合。サイヤング賞が確実な左腕ダラス・カイクルが先発すると思われるからだ。この投手は今季絶好調なうえ、ヤ軍にめっぽう強い。今季ヤ軍戦で2度先発、計16イニングを投げて失点はゼロだ。
 田中とカイクルのマッチアップになった場合は、息詰まる投手戦になることが予想され、7回か8回まで両軍ともゼロ行進が続くことになるかもしれない。そのような展開になれば、最後はリリーフ勝負になるので、強力なセットアッパーとクローザーを擁するヤ軍ががぜん有利になる。

 ワイルドカード・ゲームに勝った場合、ヤ軍はディビジョンシリーズでおそらくロイヤルズと対戦することになるが、先に3勝してリーグ優勝シリーズに勝ち上がる可能性はひいき目に見ても30%くらいだ。田中を除くとヤ軍の先発陣に計算できる投手がいないからだ。
 ただ、ルーキーのセベリーノは怖いもの知らずなので、大舞台で大化けする可能性を秘めている。田中はワイルドカード・ゲームで先発するので、ディビジョンシリーズはおそらく第3戦の先発になると思われる。
 それまでにセベリーノで1つ勝つことが出きれば、先に3勝するチャンスが見えてくることになる。

スポーツジャーナリスト・友成那智
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は各媒体に大リーグ関連の記事を寄稿。'04年から毎年執筆している「完全メジャーリーグ選手名鑑」(廣済堂出版)は日本人大リーガーにも愛読者が多い。