「これじゃGP2エンジンだ! ア〜〜〜ッ!」

 日本GPの26周目、メインストレートでトロロッソに抜かれたフェルナンド・アロンソが無線で叫んだ。

 スタートで12番グリッドから入賞圏内の9位に浮上したものの、レッドブルやトロロッソ、ザウバー勢に次々と抜かれていった。車両間隔が1秒以内に入りDRS(※)を開いた後方車になす術(すべ)なく、2台同時に抜き去られるシーンすらあった。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。ドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

「まるでGP2に乗っているみたいに追い抜かれている。氷の上を走っているみたいだ」

 序盤からアロンソは、そう訴えていた。そして、積もり積もったフラストレーションがついに爆発したのが、冒頭の無線交信だった。それがテレビ中継に乗り、あまりにもセンセーショナルに伝わってしまった。

「そりゃ、フラストレーションを感じるよ、ストレートであんな抜かれ方をすればね(苦笑)。相手がコーナーでミスをしていても、ストレートであっという間に追いつかれているんだ。僕はGP2のマシンは乗ったことがないけど、明らかに別のカテゴリーみたいな状態だったからね」

 地元レースに臨んだホンダにとって、これほど屈辱的で悔しいことはなかっただろう。

 予選では14位・16位に終わり、決勝でも最終的に11位・16位でポイントを逃した。そしてドライバーからはパワーユニットに対する厳しい言葉。ホンダの新井康久F1総責任者は、それを真摯に受け止めた。

「叱咤激励だと思って受け止めています。エネルギー回生がなくなって、あんなふうに抜かれたときには頭にくるでしょう。しかもDRSで(15km/h以上の速度差で)一気にいかれちゃったものだから、『なんだこれは!?』と思ったでしょうし」

 たしかにホンダのパワーユニットはエネルギー回生システムが不十分で、160馬力のディプロイメント(エネルギー回生)を切らなければならない時間がある。1周でバッテリーを使い切ってしまっても構わない予選とは違い、決勝では次のラップのことも考えなければならず、1周のなかでの回生・充電・放出の収支も余計に厳しくなってくる。

 しかし、あのストレートでの速度差はあくまでDRSによる差であって、パワーユニットの非力さだけが理由ではない。

「あれはDRSがあるからこそできることであって、あれだけの差をICE(エンジン本体)だけで出そう思ったら、とんでもない馬力が必要なんですよ。だけど、それは見ている人にはなかなかわからないでしょうからね。『なんだ、ホンダは全然馬力がないじゃん』というふうになりますよね......」

 新井総責任者は独り言のようにそう言ったが、記者会見ではそのことには触れなかった。ありのままの結果を受け止め、言い訳はしたくなかったからだ。

 だが、今年の鈴鹿で初のドライセッションとなった土曜フリー走行3回目から、マクラーレン・ホンダの2台はS字区間で何度もテールライトを点滅させていた。予選でも決勝でも、それは変わらなかった。

 マシンのリアに取り付けられた赤いLEDは、雨天時に点灯させる安全装置としてだけでなく、1秒以上にわたってスロットルを95%以上閉じたときに点滅する。燃費をセーブするためにストレートエンドでスロットルを戻す「リフト&コースト」をした際、後続車が追突しないように警告するためだ。

 しかし、マクラーレン・ホンダはS字で燃料をセーブしていたわけではない。高速コーナーが連続するS字セクションで、左へ右へとマシンが曲がっていかず、スロットルを戻さなければならなかったのだ。

 予選タイムを見れば、最高速がほぼ同じのレッドブル勢が高速コーナーの連続するセクター1で4位・7位のタイムを記録しているのに対し、マクラーレン勢は13位・16位。33秒ほどのセクターで0.7秒――つまり2.1%もの後れを取っている。ちなみに、ほぼアクセル全開区間のセクター3では0.1秒差で、約0.5%の後れだ。

 つまり、マクラーレン・ホンダに足りないのはパワーユニットの性能だけではなく、車体全体としての性能だと言わざるを得ない。鈴鹿を訪れてコース脇の観客席からその走りを生で見たファンの人たちも、その現実を目撃したのではないだろうか。

 S字のみならず、ヘアピンでもラインは膨らみ、ジェンソン・バトンはこの週末ずっとアンダーステアを訴え続けていた。アロンソも必死にコーナーで攻め、それでもストレートでなす術なく抜かれ続けたからこそフラストレーションが溜まった、と語っている。

「コーナーをどれだけ完璧に走ったとしても、ライバルがブレーキングを失敗してラインを外しているのがミラーで見えていても、ストレートであっという間にサイドバイサイドになって簡単に抜かれてしまうんだ」

 レース中盤以降、アロンソはザウバーを引き離しながら安定した走りを見せていた。序盤に苦しい走りを強いられたのは、燃料が重い状態でのマシンの運動性能がより厳しかったと見ることもできる。

 世界屈指の難コース・鈴鹿サーキットで、マクラーレン・ホンダは現状のすべてを出し切った。それでも入賞にはあと一歩、手が届かなかった。車体性能も、パワーユニット性能も、レース運営も、ドライビングも、すべてが問われる難コースだからこそ、今の実力が浮き彫りになったと言うべきだろう。

 それでも、マクラーレン・ホンダのマシンが目の前を通り過ぎるたびに、観客席からは歓声や拍手、チアホーンが鳴り響き、地元ファンは温かくその走りを応援した。それは、ドライバーもマクラーレンもホンダも関係なく、誰もがひとつでも上を目指して全力を尽くしていることが伝わっていたからだろう。インターネット上に匿名での罵詈雑言が並べ立てられていようとも、鈴鹿に詰めかけたファンの真の声はしっかりと彼らに伝わったはずだ。

「日本のファンのみなさんから素晴らしい声援をいただいて、感動しました。いろんな国で戦ってきましたけど、世界の中でも群を抜いて素晴らしいファンだと思っています。鈴鹿はホンダにとって特別な場所。サーキット全体がその雰囲気を作ってくれています。(参戦)1年目という今の我々のレベルを理解してくれ、声援を送ってくれる人たちに対し、来年またここに戻ってきた時こそは期待に応えたいという思いを新たにしました」

 そう語った新井総責任者がファンに求められ、したためたサインには、「The Power of Dreams」というホンダの企業理念が添えられていた。その「夢」とは、マクラーレン・ホンダのスタッフひとりひとりの「夢」であり、応援するファンの「夢」でもある。

 そのことを改めて心に刻んだ、新生マクラーレン・ホンダ初の地元レースだったに違いない。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki