遥かなるツール・ド・フランス 〜片山右京とTeamUKYOの挑戦〜
【連載・第76回】

 9月27日に行なわれたJプロツアー第19戦・経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップは、日本サイクルロードレースの歴史において、もっとも重要な大会のひとつとされている。各チームともフルメンバーで参戦した今大会で、激闘を制したTeamUKYOの戦いぶりを振り返る。

「輪翔旗(りんしょうき)」というものが、日本のサイクルロードレース界にある――。

 正式名称を、「経済産業大臣旗」という。この争奪戦である「経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップ」は、現在のJプロツアーが実業団レースとして行なわれていた時代から連綿と今に続く、伝統のある大会だ。第1回は1968年に鈴鹿サーキットで開催され、途中に休止の年を挟みながら、今年で49回目を迎える。このレースは夏の終わりから初秋にかけたこの時期、毎年戦いの舞台を変えながら行なわれているが、今年は9月27日に群馬県の群馬サイクルスポーツセンターで開催された。

 現在のJプロツアーでもっとも伝統のある大会で、しかも、「輪翔旗を争奪する」という象徴的な意味もあって、年間全24戦のなかでも各チームが最重要視するレースだ。ステータスと同様に、難易度も高い。レースのレイティングが最高の「AAA」にランクされているのは、Jプロツアーでは唯一、この大会だけだ。

 Jプロツアーのカレンダーでは、4月に第6戦・群馬CSCロードレースが開催されているが、このときのレイティングは「A」。群馬CSCロードレースは周回コースを20周する120キロで争われたが、輪翔旗ロードは29周して総走行距離は174キロ。1.5倍の距離で、競技時間も約5時間を要する。この数字を見ても、輪翔旗ロードの苛酷さがよくわかるだろう。

 Jプロツアーの各レースと同様に、このレースでは個人の着順とチーム成績を争い、団体優勝(各チーム上位3名の成績で決定)を飾ったチームに輪翔旗が手渡される。輪翔旗は翌年の大会まで1年間保有されるため、会場ではレース開催に先だち、まず旗の返還式が行なわれる。

 今年の大会は、昨年の覇者・チームブリヂストンアンカーの監督から旗の返還が行なわれ、午前10時15分にレースがスタートした。Jプロツアーに参戦する各チームが6名から8名の陣容で臨むなか、TeamUKYOは畑中勇介、オスカル・プジョル、パブロ・ウルタスン、土井雪広、サルバドール・グアルディオラ、湊諒、平井栄一、住吉宏太というラインアップで挑んだ。

 レースは序盤から各陣営がアタックを繰り返し、やがて4名の逃げ集団をメイングループが追走する展開になった。群馬サイクルスポーツセンターに設定された1周6キロの周回コースのレイアウトは、最初から最後まで終始起伏が続き、選手たちのスタミナを確実に削りとっていく。全29周の戦いが後半に差し掛かるころには、途中まで逃げを図っていた集団がメイングループに吸収され、20名の選手がトップグループを構成した。

 ブリヂストンアンカーや宇都宮ブリッツェン、キナンサイクリングチームなどの選手が集団のなかで主導権を握ろうとして、積極的に勝負を仕掛けていく。この集団のなかにTeamUKYOは、畑中、土井、グアルディオラ、平井の4名を送り込んでいた。各陣営は互いに牽制しあいながら、やがてトップグループは少しずつ縦に長くなって、最終ラップを迎える。先頭の数名は集団でゴール手前に差し掛かり、最後は激しいスプリントバトルの戦いになった。

 この僅差の激戦を制したのは、畑中だった。ライバルたちよりも数センチ早くゴールラインを通過した瞬間、畑中は大声で叫びながら左の拳を固く握りしめた。チームのテントに戻って来てからも、畑中は「いやー、本当にうれしい」と何度も連呼した。

「夏以降は不得意なコースが続き、厳しく追い上げられる状況をなんとか耐えながら、今回の得意コースへ来て、そこで勝つことができたので本当にうれしいです」

 また、畑中の優勝に加え、グアルディオラが4位、土井が12位に入ったことで、TeamUKYOは団体戦でも勝利を飾った。これにより、チームは結成4年目にして初めて輪翔旗を獲得した。

「圧勝でしたね」と、チームキャプテンの土井は、満足そうな表情でこの日の戦いを振り返った。

「選手ひとりひとりの力が強いから、チームとしてもうまく機能する。今日のレースは、畑中のリーダージャージをキープすることが第一の目的だったので、それをしっかりと達成できたことが一番の成果だと思います」

 輪翔旗は特に目標にしていたわけではない――とは言うものの、土井は表彰式でチームの代表として、自ら進んで旗を受け取った。

 今回の優勝により、年間チャンピオンに向けて大きな足固めをした畑中も、この輪翔旗は本当に欲しかったタイトルなのだと話す。

「群馬ではかなりの高確率で勝っているけど、このレースだけは獲ったことがなかった。去年の輪翔旗は広島開催で、そのときも3位。いつもすごくいい位置にいるのに勝てないことが続いたので、このレースは本当に(勝利が)欲しかったんです。

 もう一度海外へ行きたい、外でレースをしたい、と自分で公言している以上は、日本のレースでは勝っておかなきゃいけないじゃないですか。だから、これでさらに良い形で上を目指せますね」

 勝たなきゃね、やっぱり勝たなきゃ。そういって、畑中はこみあげてくる喜びを堪えきれないかのように、含み笑いを漏らした。

 10月になるとJプロツアーは、いよいよ大詰めを迎える。さらに、日本で唯一のUCI超級レース「ジャパンカップ」も控えている。

「僕は、ジャパンカップを観て自転車レースを始めたんです。だからやっぱり、(思い入れが強いレースは)ジャパンカップなんです。あのレースで3位(2010年)になったことで大きく成長できたから、今年はさらに良い結果を目指し、選手としてもうひとつ上の段階に進めるようになりたいと思います」(畑中)

 そう。レースはやっぱり、勝たなきゃいけない。

(次回に続く)

西村章●構成・文 text by Nishimura Akira