『芥川・太宰に学ぶ 心をつかむ文章講座』出口 汪 水王舎

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 メールやブログ、フェイスブック、ツイッターなどに文章を書く際、もっと上手に、相手の心をつかむような文章を書くことができたらいいのに......と思ったことはないでしょうか。

 東進ハイスクールなどで講師を務める"現代文のカリスマ"こと出口汪さんは、近著『芥川・太宰に学ぶ 心をつかむ文章講座』の中で、文章上達のコツは、「名文家の文章や表現方法、あるいはものの捉え方を学ぶこと」にあると指摘。

 名文家たちの文章を模倣しているうち、「今まで自分の中になかったものの見方や表現方法がしだいに身につき、それによって感性が磨かれ、豊富な表現が自然と溢れ出す」(同書より)ようになってくるのだそうです。

 同書で注目するのは、タイトルにもあるように、二人の名文家・芥川龍之介と太宰治。人の心をつかむ文章を書くためには、「論理的に読者を納得させる」ことと、「感性に訴える」ことが必要となってきますが、そのそれぞれの表現方法の代表が芥川と太宰なのだそう。つまり、論理的な手法を芥川から、感性的な手法を太宰から学ぶことで、自身の文章を鍛えることができるのだといいます。

 本書では、芥川と太宰の実際の小説作品をとりあげ、その文章を抜粋しながら、どのような点に注目し、模倣すべきなのか、わかりやすく解説されていきます。

 芥川と太宰の文章。二人に共通するものとして出口さんは、「二つの技巧的要素」を挙げます。そのひとつは、気の効いたエピソード。読み手が関心を持ったり、共感を生むようなエピソードの重要性を指摘します。

 そして、もうひとつは、気の効いたフレーズ。

「小説は短編でもあるまとまった文章の長さがあるのですが、その中でたった一文でもいいから、どきっとする表現があるものが名作として長く世に残るのです。何千語かの言葉は、そのたった一文を輝かせるためにあるようです」(同書より)

 その例として、同書では、太宰の『葉』の一節が挙げられています。主人公が女と夜の海に飛び込み、心中を図る場面にて。

「満月の宵。光っては崩れ、うねっては崩れ、逆巻き、のた打つ浪のなかで互いに離れまいとつないだ手を苦しまぎれに俺が故意に振り切ったとき女は忽ち浪に呑まれて、たかく名を呼んだ。俺の名ではなかった」

 注目すべきは「俺の名ではなかった」という最後のフレーズ。同書の中で、出口さんは「一体誰の名前を呼んだのか、なまじすべてを語られていないだけに、私たちはその背景までを想像して、そのフレーズを忘れられないものとして心に刻み込む」のだと解説します。

 気の効いたエピソードと、余韻を感じさせる一文やフレーズ。自身で文章を書く際にも、これら二つの技巧的要素を少し意識してみると、心をつかむ文章に近づけるかもしれません。