外国人選手の存在が目立つラグビー日本代表。サッカーに例えれば、それはJリーグ選抜チームだ。ラグビー的にはトップリーグ選抜。普段からトップリーグを見ている人には馴染み深い集団だが、そうではない人には違和感たっぷりの集団だろう。それってどうなの? と、いまさら新鮮そうに言い出す人は、普段あまり関心を寄せていない人。ラグビーファンとは言えない人になる。意見をするのは自由。だが、批判をする場合は、普段からある程度、目を凝らしていることが礼儀、マナーになる。ファンでもない人が、従来の価値観を尺度に、半ば批判を気分で口にすることほど、質の悪いモノはない。
 
 ラグビーに限らず、それぞれの競技には、それぞれ固有の習慣、慣例がある。日本で始まった競技はごくわずか。日本の常識で、それぞれの競技を見てしまうと、困惑に直面する。このカルチャーギャップこそが、興味深いところで、積極的に伝えられなければならない点でもある。
 
 サッカーにおける異文化。それはとりわけ、チャンピオンズリーグに多く潜んでいる。代表チームの文化にも、つい先日までブラジル代表だった選手が、スペイン代表選手になってしまうなど、日本人には理解に苦しむことが多々あるが、クラブの戦いはそれどころではない。
 
 96〜97シーズン、ボスマン判決の内容が施行され、外国人枠が事実上撤廃されると、欧州のクラブシーンはまさに無国籍化した。アーセナルやチェルシーのように、自国の選手がスタメンに1人しかいないチームも現れた。日本のプロ野球で、スタメンに日本人が1人しかいないチームが現れたら、どうなるだろうか。チャンピオンズリーグで上位をうかがうチームの自国選手は、どこもせいぜい3、4人だ。それでも観客は減らない。地元民の関心が薄れることもない。
 
 日本がスコットランドと対戦した先日のラグビーW杯で、地元イングランドの観衆から一時、日本コールが湧いた瞬間があった。イギリス国民でありながら、イギリスのチームを応援しないという現象。サッカーにも通じるものがある。イギリスには4つのサッカー協会(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)がある。そしてそれぞれはライバル関係にある。イギリス以外の国のチームより、強い嫌悪感を抱いている。
 
 イギリスに限った話ではない。カスティーリャ、カタルーニャ、ガリシア、バスクの4つの地域から成り立つスペインしかり。欧州で、ナショナリズムが国境で分かれている国は数少ないのだ。もっと局地的。「遠くの敵より近くの敵の方が憎らしいからだ」と、彼らは言うが、それは日本人にはとても理解しがたい気質だ。したがって、外国のチームを普通に応援する。国の中でも当たり前のように仲間割れを起こす。スコットランドではなく日本を応援したイングランド人の姿は、欧州では特段珍しいものではないのだ。
 
 その一方でスタンドには、スコットランドを応援するアイルランド人の姿も目立った。セルティック。ケルト人だからだ。02〜03シーズンのUEFAカップ(ヨーロッパリーグの前身)決勝、ポルト対セルティックの現場には、セルティックを応援するために、アイルランド人をはじめとする世界中のケルト人が大集合した。その数は10万人に及んだとも言われる。
 
 日本人には、理解しがたい気質だ。世界史を少しばかり勉強しない限り、ついていけない世界がそこには広がっている。
 
 ブラジルで開催された89年コパアメリカ。ブラジルはグループリーグの2試合をサルバドールの「フォンチ・ノーバ」で戦ったが、その時には、スタンドでブラジル国旗が焼かれるという衝撃的な事件も起きている。時のブラジル代表に地元バイーア州出身の選手が1人しかいなかったからだ。