がんに対する動脈塞栓術治療を行うゲートタワーIGTクリニック堀信一院長(中央)

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「これ以上できる治療はありません」

そう宣告されたら、あなたならどうするだろうか? 現在、日本における生涯がん罹患率は、国立がん研究センターがん対策情報センターのデータによると、男性62%、女性46%。実に2人に1人が患う国民病だ。その3大治療法は、外科的治療(手術)、放射線治療、化学療法(抗がん剤)で、現在、科学的根拠に基づく最良の治療として進められる標準治療と呼ばれている。

「がん難民」が望みをかける治療法

しかし、その副作用によって苦しむケースが多いことも知られ、また、標準治療での治療効果が得られず、これ以上の治療はできないと宣告されて行き場を失った"がん難民"が社会問題化し、その対策も急務となっている。

今、"がん難民"が望みをかける治療として世界中から注目されているのは、血管内治療「動脈塞栓術」。どのような治療法なのか、その第一人者であるゲートタワーIGTクリニック(大阪府泉佐野市)院長の堀信一医師に話を聞いた。

「動脈塞栓術はもともと肝細胞がんや動静脈奇形、子宮筋腫といった血流を止めることで改善が見られる疾患に用いられる方法で保険適用になっています。その中でもがんには抗がん剤との組み合わせで、より効果的な治療にできるのではないかと考え、1990年頃から研究を開始し、20年以上、治療法の開発に携わってきました。日本で生まれた技術、治療法で、日本は症例数も多く最も進んでいます」

血管に詰め物をしてがん細胞に栄養が届かなくする

その方法はこうだ。X線CTや血管造影などの技術を使った画像をもとに、がんの患部に栄養を運んでいる血管を特定し、その血管に詰め物をしてがん細胞に栄養が届かなくする。

詰め物である塞栓物質(吸水ポリマー)を届けるのは、太さ(直径)わずか1ミリに満たないマイクロカテーテル。患者の鼠蹊部(足の付け根)から動脈内に挿入し、患部ギリギリの血管まで通したマイクロカテーテルを使って抗がん剤を投与、その後に塞栓物質を流し込んでふたをするのだ。

がん細胞への栄養と酸素のルートを断つ、つまり、"兵糧攻め"だ。さらにその塞栓物質にも抗がん剤が染み込ませてあり、ピンポイントでがん細胞を攻撃・壊死させることによって、がん細胞は縮小し、場合によっては消滅することもある。

「この治療法の最も大きな特徴は、患者さんにとっての負担が少ないことです。全身麻酔も必要なく、開腹手術ではないので入院期間が短く済むことに加え、抗がん剤は局所に投与するため、一回の使用量は半分〜3分の1。月一回の治療ですから総使用量は10分の1程度で、副作用が格段に低いのです。がん細胞が大きくなりすぎて外科手術ができないケースや、腫瘍の場所が奥深く切るのが難しいケースなどにも有効です。転移箇所の多い患者さんに関しては、大きさや痛みなど最も悪さをしている患部から順に行っていきます。また、この方法でがん細胞を縮小してから外科手術に臨むなど他の治療とも併用することもあり、全国の医療機関との連携も行っています」

高い技術力と機材が揃って実現する

現在、肝細胞がんについては国内でも比較的多く行われ、症例数が増えてきている動脈塞栓術。しかし実は、その他の部位のがんに関してはまだ適用が広がっていないのが現状だ。堀医師は脳腫瘍、白血病、リンパ腫以外のあらゆるがんにこの治療法を施し、その症例数は合計1万件と、世界一の症例数を誇る。

治療効果も高く、患者の負担も少ないのに、なぜ普及しないのだろうか。その原因は大きく分けて二つある。一つは技術を習得する場の少なさだ。がん細胞へ栄養を送り込んでいる血管を特定するためには、放射線機器を使って画像を診断する技術、カテーテルを血管内に安全かつ正確に送り込む技術が共に絶対に必要なのだ。そしてもう一つの原因は、この治療法に必要な機材や材料の問題。画像診断に使う血管造影CT検査機器の価格は億単位。さらに、正常な細胞を傷つけることなくがん細胞だけを干上がらせるには、塞栓物質やカテーテルの開発・改良も欠かせない。堀医師はメーカーと共同で開発・改良も手掛けてきた。

「毒性や合併症を起こさないことはもちろん、より手術時間を短くするためには、確実に早くがん細胞の近くの血管まで行って血管を塞がなければいけない。そのための道具と材料はアイディア勝負です。実は特許は全部メーカーさんに譲渡するんですよ。そうでないと誰もが使えるようにならないですから。研修も積極的に受け入れています。症例数がある施設でその技術をオープンにしていかないと普及しないので、日本全国のみならず、世界中の医師たちの研修を受け入れています」

血管の選択を誤れば正常な細胞を壊死させてしまう。多くの症例を手掛けたからこそ知るその怖さと確実な治療の重要性については、しつこいほど繰り返し伝え、実地の研修にこだわる。その頑固さと、共存する発想の柔軟さはどこから来るのか。

「中学生の頃に物づくりの授業で先生から『君は設計図どおりに作らないなあ』と言われたことがあります。こうした方がより便利だとか、ずっと使いやすいとか思うと試さずにいられなかった。そんなところから来るのかもしれません。余命宣告をされ、治療法がないと言われて行き場を失った患者さんにとって必要なのは、穏やかに日常生活を楽しんで生きられることです。根治を目指し闘い続けてきた患者さんは一様に疲れ切って診察室に来ます。目の前の患者さんが何に困っていて何が必要かこの治療法で何ができるのか、日々自問自答しています」

世界から注目を集める日本発の治療法。QOL(クオリティオブライフ/生活の質)に重点を置く流れが顕著ながん治療を後押しする一つの可能性となるかもしれない。

<堀信一医師プロフィール>
1975年徳島大学医学部卒業。大阪大学医学部、大阪府成人病センター、スイス・ベルン大学医学部、八尾市立病院、市立泉佐野病院の放射線科を経て、2002年ゲートタワーIGTクリニック院長。2015年10月4日(日)18:30〜 TBSテレビ「夢の扉+」に出演予定。http://www.tbs.co.jp/yumetobi-plus/

<参考>
国立がん研究センターがん情報サービス『がん登録・統計』
全がん協加盟施設の生存率協同調査
日本IVR学会
日本血管内治療学会

(Aging Style)