Twitterで「泣いた」「感動した」という感想が大量に投稿されている劇場版アニメ『心が叫びたがってるんだ。』の見どころを、ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんが語り合います。

脚本、演出、作画、音楽、すべてよし!


藤田 『心が叫びたがってるんだ。』は『とらドラ!』『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のスタッフが作ったオリジナルアニメです。劇場では号泣する人が続出の、青春ラブストーリーでした。ぼくは、基本的に「少女のトラウマ癒し物語類型」に点が辛いのですが、そんなぼくが見ても、岡田麿里の脚本うめぇなぁ……演出うめぇなぁ……って思った。

飯田 本当に素晴らしい作品です。長井龍雪監督、田中将賀キャラデザ&作画監督、岡田磨理脚本が揃ったときにマジックが起こる。ひとり欠けてもまた違うテイストになるので。

藤田 幼いころに、「お城」だと思っていたラブホテルから父親が出てきたのを目にした少女・成瀬順がそのことを母親に言ってしまい、父の不倫がバレて離婚。そんな彼女は「言葉は罪だ」と思い込んでいるので、しゃべると腹痛になるので言葉を失ってしまい、クラスで浮いている。成瀬順がクラスメイトの坂上拓美(音楽が得意)、仁藤菜月(チア部)、田崎大樹(ケガした野球部のエース)とともに、学芸会的なイベント(「地域ふれあい交流会」)でミュージカルをつくる。彼女は自分をモデルにファンタジックな物語をつくり、ミュージカルで主役を演じることで、言葉を取り戻し、気持ちをオープンにしていく――という話です。

飯田 吉本隆明には「僕が真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって 僕は廃人であるそうだ」っていう詩があるけど、成瀬を観てそれを思いだしたな。痛々しくも切実な感じが。

藤田 その吉本の詩には異論があって、現代のぼくが書き直すなら、「僕が真実を口にするとほとんどネットが炎上するという事実によって 僕は悪人であるそうだ」ですねw

飯田 順はたしかにあのまま育っていたら炎上させまくっていたかもしれない……w
 それはさておき、主役以外の演出も丁寧で、たとえばミュージカルシーンで、しゃべらない娘のせいで近所からウワサされていることを疎ましく思っていた順の母親が、順の歌を聴いたときの、あの表情。頬を涙が伝うところ。歌う側だけではなく聴く側のドラマ、カタルシスもあった。
 なにより、ミトさんが手がけた音楽も本当によかった。これまでのミトさんのどの仕事とも違う、強いていえばmicromicrophone名義のアルバムで少し出ていた、ナイーヴだけどあったかい側面が前面になっていて。心洗われる音楽だった。本作ではミュージカルシーンが非常に重要ですが、ミトさんのアイデアもかなり入っているらしいし、4人目のキーパーソンだろうね、間違いなく。

藤田 音楽は暗めの音楽が多かったですが、よかったですね。エンディングで急に乃木坂46の明るい歌になるのが賛否両論なのですが……抑えに抑えた末の最後だから、ぼくはいいかなぁって思った。

イベント前後の夜の学校の空気感がたまらない……が


飯田 『ここさけ』では、文化祭みたいなイベントの前後にだれもが体験しただろう(自分が経験していなくても横目に見ていただろう)あの空気感、とくべつな時間の描き方がすごくいい。学校の暗がりでひそかに抱きあう男女とか、恋心を言うに言えない状態でモノを運びながら夜の校舎を歩くふたりとか、いけすかないと思いきや、仲良くなってみれば大事なところで友だち思いのリア充とか。そういうディテールもグッとくる。

藤田 「文化祭みたいなイベントの前後にだれもが体験しただろうあの空気感」という発言は聞き捨てならないですね……。男子校のぼくにとっては、それは宇宙と同じぐらい、リアリティのないフィクションなんでw

飯田 あ……それはすみませんでしたw

藤田 「みんなこういう体験してきてるのかなぁ……ずるいなぁ……中高で男子校いっちゃうと、世間の大多数の共通体験をできないのが、切ねえなぁ……」と逆の意味で泣けました。

「人類はなぜ歌や物語を必要としているのか」に答える映画


藤田 『ここさけ』はミュージカルや物語を通してなら、普段は言えない感情が伝えられる、ということで、フィクションそのものの存在意義を突きつけてくる作品でしたね。そして、学生たちの関係性が再編成されていったり、互いに知らなかったことを知るのもよかった。野球部のキャラクターとかも。一部の観客は、あの箇所に反発しているようですが。

飯田 ひとには歌や音楽でしか、物語にすることでしか昇華できないものがある。作品を通じてしか結晶させられない内面ってあるわけですよ。順たちは、そのただなかにいる。なぜ人類は歌や物語という表現をもったのか、もたざるをえなかったのかについてのこたえが、ここにはある。高校生の不器用な青春模様を通じて、人類普遍のものが描かれている。

藤田 同意です。前半で観客が予測したものを、後半で外してくる(観客も、登場人物と同じように、「わかっていなかった」ことを反省させられる)という展開もよかった。

飯田 脳科学では、音楽を聴いたときにニューロンが発火する部位と、ことばを聞いたときに発火する部位がちがうことがわかっています。歌は、ことばだけではもたらしにくい情動を刺激する。ふつうの会話では言いにくいこと、伝えられない想いをあらわせる。
 この物語では、日常会話だけではぎくしゃくした状態から動いていかない関係性が、音楽を介することで変わっていく。たとえば坂上拓実がアコーディオンを弾き語りするのを偶然見たことで、成瀬順は閉じられていた口と心を開いていく。坂上はその出会いをきっかけに、父母の離婚以来とおざかっていたピアノに、再び向かう。これはとても感動的です。

藤田 本作では映画全体におけるトラウマの解除と、人間関係が、作中作にダイレクトに反映し、複雑な相互作用を起こしていますよね。登場人物たちが秘めた「愛している」という想いを伝えることが、映画自体および成瀬が物語をつくった作中作のミュージカル両方での最後の「叫び」になっている。
 あれは脚本家・岡田麿里が、作品を作るということと重ねて読める。それが巧いと同時に、ずるいなぁと思ったw 観客は、岡田麿里を含むスタッフから「愛している」と作品全体で伝えられる(そう受け取る余地がある)わけじゃないですか。
 でもあれは脚本がぼくだったら全然ダメだと思うw 全く同じ脚本でも、そう受け取られない。中年男のキモい妄想、トラウマ少女への癒し願望の投影でしょ、ってなる。でも、女性の「脚本家」が、「物語」を通じて自己表現を発見していく物語を書いているという構造の使い方が、巧い。同時に、あざとい。

飯田 岡田麿里作品の登場人物はいつも自罰的です。『とらドラ!』や『あの花』でも、感情がピークに達すると「俺が悪い」「あのときああしていれば」「すまなかった」というざんげを始めて、他者からの責めを望む。でも次第に、ことばの刃をもっとも親しい人間に向けて、叫ぶ。そこからあたらしい関係が立ち上がるまでをダダダダッと畳みかけていく。これは本作でもそうです。
 でも、作品によっては肝心のそこの演出がすべっているものもある。でも長井さん田中さんと組むと、そこは絶対はずさない。めちゃくちゃ染みる。

衝撃のクライマックス展開について


藤田 ネタバレは避けますけど、ラストはああなると思っていました? ぼくは「まさか」と。ある意味で、ままならない人間同士のすれ違いや、思い通りにならない残酷さまでも描きながら、しかし、何かを一生懸命やったことは、どこかに通じるって感じがよかった。ラストカットの表情も声もかわいかったですし。

飯田 終盤については「やっぱり」と「びっくり」が半々くらいかな? ラストに関してはあだち充先生の『みゆき』のラストで、鹿島みゆきがああなっちゃったときみたいな「えーっ!」っていうショックがあったw
 ただ、くりかえし「失ったものは取り戻せないけど、未来はある」っていうことを摘んできているから、ラストがああでも一貫している、大丈夫なんだろうな、って思える。誰にとってもバッドエンドにはなってない。さわやか。

藤田 「言いたいことが言えない」「相手を傷つけるかもしれない」「愛しているという想いを伝える恐怖」などが、重なっていましたよね。その秘めた思いをオープンにすることのカタルシスは、共感しやすかった。しかも、それが何重奏にもなっていて、言葉や想いが伝達されて人間関係を変えていく複雑なダイナミズムまで描かれている。観客の予想の裏切り方も計算されていた。脚本と演出の勝利ですね。

ウェイ系から批評家まで、万人がマジ泣きできる傑作!


飯田 とにかく、観ていてひたすらエモくなる映画です。万難を排して、二回は観てほしい。

藤田 なんだかんだ言ってますが、ぼくも感動しましたw 青春映画とか恋愛映画とか、ぼくは自発的に観ないので(だいたい、宇宙かゾンビか戦争ばかりなので)、なんか甘酸っぱくて、青春や恋ってこういう感じだったのかな? って思いながら観てました。秘めた思いを言えないとか、好きな人の前でどもっちゃうとか、わりとよくあることじゃないですか。青春と恋愛の――特に、初々しい感じが――追体験できた。
 ただ、ぼくは音痴なので、あの世界にいたら、さらに疎外されるポジションだという切なさがありますが……「僕が歌を歌うとほとんど全観客が笑うという事実によって 僕は音痴であるそうだ」ですよw

飯田 www ミュージカルの端役なら大丈夫でしょw みんななんだかんだ言ってやさしいしさ、あのクラスの連中は。みんな得意分野を活かしてクラスみんなでミュージカル成功させよう、って話だから。

藤田 音楽やれるやつはずるいよ。評論で想いなんか伝わんないし、重くて堅苦しいからねw ぼくは成瀬や坂上にはなれないんですよ…… あの素人芝居を辛辣に批評してマジで嫌われる役割とかですよw

飯田 それはアカンwww

藤田 冗談はともかく、ぼくもカタルシスと意外性があったし、女性の観客で泣いている人もいました。カップルでしたね。ウェイ系っぽい男女三人組もやたら盛り上がっていた。

飯田 いや、俺も泣いたよ! ひとりで観たけど。『弱虫ペダル』に続き、今年の夏はアニメ映画に泣かされた……。

藤田 ぼくは泣くのは抑えたけれども、危なかったですね。青春をしたくなりました……ぼくも叫びたくなりましたよ。ただ、本当に思っていることを叫ぶと、ぼくは燃えるので、燃えているぼくを見たら、みんなぼくを成瀬の絵と声に変えて想像して欲しいですね!