里海資本論〜日本社会は「共生の原理」で動く

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■「里海資本論〜日本社会は『共生の原理』で動く」(井上恭介、NHK「里海」取材班著)

著者はNHK広島放送局在籍時に広島県庄原市をはじめとする「里山」の地域での「原価0円からの経済再生」やコミュニティーの復活に向けた取組を精力的に取材し、藻谷浩介氏とともに「里山資本主義」を刊行し、40万部(!)を超えるベストセラーになっている。著者はその後東京に異動したが、「NHK『里海』取材班」と呼ばれる若手のディレクター陣とともにまる1年かけて瀬戸内海の各地の営みを精力的に取材し続けた。もちろんNHKである以上、彼らの本業は映像や番組の制作であり、彼らの瀬戸内海での取材を基にNHKスペシャル「里海 SATOUMI瀬戸内海」等の番組が放送されているが、本書は彼らが実際に取材した瀬戸内海の各地の営みについてあらためて書き下ろされたものである。

「海の再生」のため漁師たちの30年以上にわたる取り組み

瀬戸内海沿岸は、高度経済成長の時代にコンビナート建設をはじめとする開発が進められたが、工場排水などによる海洋汚染が進み、1970年代は1年間に300回近く赤潮が発生し、漁獲高はピークの半分以下に激減する「瀕死の海」となる。本書は、まず、こうした状況下でアマモ(海藻)の藻場の回復と牡蠣の養殖を通じて「海の再生」に取り組む岡山県備前市日生(ひなせ)の漁師たちの30年以上に亘る営みを紹介する。詳細にご関心のある方は本書を一読いただければと思うが、アマモや牡蠣、あるいは牡蠣の養殖筏の周辺環境も含め、生態系の複雑さ繊細さ、いちど壊れた生態系の回復がいかに大変なのかを思い知らされるところである。

国の中央環境審議会では、「22世紀の文明のあり方」の議論が始まっており、そこでは、人口減少や超高齢化社会の到来後の日本の経済社会の在り方自体を変えていく必要性が議論されているそうである。同審議会は、長期的な目標として「循環と共生」を掲げ、生産と消費のパターンを持続可能なものに変えていくことを訴えている。近年の世界的な食料の高騰ぶりや中国のみならず新興国まで広がっている肉の消費量の増加ぶりをみると、地球がどこまでこうした食料需要を支えられるのか、いささか不安にもなる。古くから、日本各地の里山や沿岸で行われてきたように、人間が自然に「手入れ」をすることで共存してきた我が国の自然との持続可能な付き合い方はもっと見直されても良い部分があるのかもしれない。

何かを起点として生まれる人間と人間のダイナミックなつながり

本書は他にも、愛媛県上島町弓削島(上島町は、過疎が進み、増田寛也氏編著の「地方消滅」においては「消滅可能性が高い」とされているところである。)の「レモンポーク」(文字どおりレモンの絞り滓を餌にしている。)や尾道市向島の帆布の再興に取り組む人々の営みも紹介している。先述の日生の例でもそうだが、こうした事例に共通するのは、何か(日生で言えば「アマモ」、向島で言えば「綿花」)を起点として生まれる人間と人間のダイナミックなつながりである。先の日生の事例では、日生の漁師とアマモの生態を研究してきた研究者がつながり、「里海」は「SATOUMI」となり、里海の国際会議が開催されるまでになっている。

東京への一極集中や地方経済の疲弊が言われて久しい中、政府は「地方創生」に向けた様々な取組を展開しているが、こうした取組は、ともするといくつかの成功事例がいわば方程式のようになってしまう虞もある。もちろん、数多くの事例の中から共通項を見いだし、成功事例を「横展開」するための方程式を提示することも重要な作業であるが、それだけに頼っていいものでもない。忘れてはいけないのは、それぞれの地域の人々の営みへの視点であり、また、その地域の人々の相互作用こそが地方創生の原動力になるのだと思う。少子化や高齢化、我が国の財政状況等、データを見れば見るほど閉塞感を感じるときもあるが、本書で紹介された事例を見て、「人と自然が手を携え、支えあい癒やし合っていけば、」あきらめるのはまだ早いのではないか、まだまだできることがあるのではないかと考えさせられる一冊であった。

銀ベイビー 経済官庁 擬