京都府綾部市に本店を置くグンゼは、男性用肌着で国内シェアNo.1の繊維メーカーだ。創業者は波多野鶴吉という人物で、キリスト教精神に則った経営を進めた。

学生時代はトンデモ生活を送っていた鶴吉。既婚者にもかかわらず京都で女遊びに狂い、実家の財産が傾くほど金を使い、おまけに梅毒を移されて鼻が欠ける経験までした。そんなだらしない鶴吉を妻の葉那(はな)は赦し、支える。
その後改心してグンゼを設立する。社長時代は夫婦で工場の長屋に住み、質素な暮らしをする一方で、労働者のために学校や病院などを建設した。市内には鼻の欠けた鶴吉の銅像が立っている。

地元の英雄を全国に知ってもらいたい――。綾瀬市と経済関係者は2015年9月2日、「NHK朝の連続テレビ小説誘致推進協議会」を設立した。主人公はもちろん波多野夫妻だ。
設立総会には山崎善也綾部市長や城福健陽京都府副知事らが出席。PRや署名活動、NHKへの陳情を行っていく方針を打ち出した。

綾部だけじゃなかった! 朝ドラ誘致活動

最近のNHK朝ドラは、創作よりも実在の人物を取り上げた方がヒットする確率が高い。2015年後期の「あさが来た」と2016年前期の「とと姉ちゃん」はいずれも実在の人物がモデルとなっている。確かに波多野夫婦の人生はジェットコースターみたいに波乱に満ちていて、ドラマ向きなのは確かだ。

朝ドラ誘致に動いているのは綾部だけではない。
例えば、和歌山県橋本市は日本人女性初の五輪金メダリストに輝いた競泳の前畑秀子さんを推している。
また兵庫県朝来市では、地元ゆかりの教育者で児童文学作家の森はなさんの採用活動が起きている。
そして香川県は、「1962年の『あしたの風』以来朝ドラの舞台になっていないから」という理由で、浜田恵造知事が今年4月、NHKに朝ドラ制作を直接要望した。

大河ドラマの誘致活動の激しさはご存じの方も多いかもしれないが(参考:黄門、光秀、忠勝...各地に乱立する大河ドラマ誘致運動が熱い)、朝ドラについても、かくのごとく熱心な誘致合戦が行われているのである。


経済効果を考えると「安上がり」?

「国体の持ち回り開催じゃあるまいし」と言いたくなるが、朝ドラの経済波及効果は絶大だ。例えば、2014年4〜9月に放送された朝ドラ「花子とアン」は、山梨県に165億円の経済効果をもたらしたと推定されている。
また同年10月から翌年3月まで放送された「マッサン」は、主人公が創業したニッカウヰスキーの製品が売れすぎて原酒不足になるという現象を起こした。

今秋和歌山県で開催される「紀の国わかやま国体」は、県全体で約810億円の経済波及効果があると試算されている。もっともその内訳を見ると、施設の整備費・運営費が529億円、選手と関係者の消費支出が約36億円となっており、その多くは最終的に税金が使われている。

費用対効果で考えれば、朝ドラの方がよっぽど魅力的といえる。

ロケ地ありきの発想、大丈夫??

ただ大河ドラマの話になるが、2012年大河ドラマ「平清盛」では、舞台の一つとなった井戸敏三兵庫県知事が、「画面(映像)が汚く、兵庫の観光も影響を受ける」「NHKに申し入れる」と発言したことが話題となった。そして今期の「花燃ゆ」は吉田松陰の妹が主人公。正直「誰それ?」という印象は否めない。山口県を舞台にすることが先に決まっていたという噂もあるが――。

現在放送中の朝ドラは、石川県輪島地方と神奈川県横浜市を舞台にした「まれ」だ。北陸新幹線開業のタイミングに合わせたと推察されるが、過去4作品の中で週間平均視聴率は過去最低。

朝ドラまで「ロケ地ありき」になってしまうのは、ちょっと考えものかも......。